55 / 58

デュ・ゲール家のクリスマス 3

 クリスマスの翌朝、いとこたちが帰り支度をはじめていた。一泊だけだというのに相当な荷物である。女って生きづらいな――と開きかけた口を閉じた。詰め込みすぎたトランクにはアンリ自身も身に覚えがあったのだ。馬車の荷台にくくりつけられたトランクは今にもぐらいつて落ちそうだった。  少女たちは名残惜しそうにしているかと思いきや、昨夜とは打って変わって冷淡な態度でアンリの前にあらわれた。駆け引き上手な彼女たちは簡単には媚びない。しかし、冷たくされる理由がアンリには分からなかった。年少のいとこだけが愛想よくアンリに手を振っていた。  クリスマスを終えたあとも、街は依然として活気にあふれていた。クリスマスツリーをそのままショーウィンドウに飾っている店や、クリスマスにちなんだ商品が店頭に並んでいた。パリ市民たちは余韻を楽しんでいたのである。  シャンゼリゼ通りを道なりに進んだ先にはエトワール凱旋門が不動の存在としてそびえ立っている。朝の9時まえだというのに凱旋門の周りには多くの観光客がひしめいていた。朝日を浴びて白くかがやく巨大な門にアンリは思わず目を細めた。    とくに目的もなく通りをぶらついていると、長身痩躯の少年とぶつかった。少年は提げていた果物カゴを取り落とし、布切れや裁縫道具が地面に散らばった。謝罪しようとした矢先、相手の少年が顔見知りだと気づいたアンリはことばを失った。 「あっ……」  こんなところで出会うとは思いもよらなかった。彼は、いつぞや『餞別』を渡すために邸を訪ねてきた少年だった。 「アンリ……パリに帰ってきてたのか。そうか、そうだよね、クリスマスだし」  少年はひとり納得したように頷いているが、けっして目を合わせようとしない。ことばをかけようか迷っているアンリをよそに、少年は地面に散らばった小道具をかき集めてカゴに収めていた。 「アンリ、学校はどう、楽しいかい?」  彼の質問は嫌味には聞こえなかった。以前のように悪意に満ちた声色ではない。カゴの中にすべての小道具を収めると立ち上がった。アンリが質問に答えないでいると、彼はだれに聞かせるでもなく語りだした。 「僕は学校を休学してる。自主的にね」 「えっ? 苦労して試験に合格したのに?」  思わず本音をもらすと、長身痩躯の少年は自嘲的に笑った。 「裏口入学って言ってたのはどこのどいつだよ?」 「その……ごめん、マリユス。本気で言ったんじゃないんだ」 「いやいや、謝らなきゃいけないのは僕のほうだな、ごめん。あのときはどうかしてた。きみの傷をえぐるような真似をして……」 「そ、それはもういい。気にしてないよ」  癒えかけていた傷が痛みだした。いよいよ隠しておくには限界があるようだ。アンリが焦っているのをよそにマリユスは続けた。 「あのときの僕は幼稚そのものだった。うまく説明できないけど、嫉妬にかられてやったのは間違いない」 「嫉妬って、おれに対して? おれは学士院の試験すら受けなかったし、いまさら嫉妬することもないだろ。留学するおれに追い打ちをかけにきたんだと思ったよ。『なんて性格が悪いんだ』って」 「そうじゃない――まあ、僕にくっついてきた2人はそのつもりだったかもしれないけど……僕が言いたいのはさ……」  さりげなく下っぱ2人の関与を否定したあと、マリユスは言った。 「リュカがきみの心配ばかりするから、つい心にもないことを言ってしまったんだ」  アンリは思いもよらない事実を聞かされ、ひどく混乱していた。 「いま、なんて……?」 「僕がウソをついたんだ。リュカはとっくにきみを許してるし、きみが留学するって聞いたときはとても心配そうにしてた。僕がきみの家を訪ねて『いやがらせ』をしたのがバレたときなんてもう……手がつけられないほど怒り狂って……僕が泣いて許しを乞うまで追及をやめなかった」  マリユスは涙ぐんでいる。よほど厳しい詰問を受けたのだろう。半信半疑で聞いてたのがアンリの中で確信に変わった。つまり、長い間ありもしないウソに踊らされて苦しんでいたということになる。 「ごめん、ほんとうに、ごめん。」  さきほどから謝罪のことばを繰り返しているマリユスが憐れに思えてきた。すでにリュカから過剰な叱責を受けているのだ。これ以上断罪しても意味がない。責めたてるようなことは何も言うまいとアンリは決意した。マリユスにはもっと大事なことを聞かねばならない。 「リュカは今どこで何してるの?」

ともだちにシェアしよう!