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  ◇◆◇◆◇ 「ばか」  大学に到着してすぐに神谷に吐き捨てられた言葉に、真壁はちょっと傷ついた。  まだ何も言っていないというのに。  中学からの付き合いの神谷には、顔を見ただけですべてお見通しらしい。 「だから言ったのに。俺みたく割り切ってれば楽だけど、お前は違うだろ」 「……」 「男に惚れてもいい事なんてないんだから、傷が浅いうちにやめとけって」   呆れ果てた眼差しを向けてくる神谷は、実はゲイだ。  高校時代にそう打ち明けられた。  というか、そういう場面に出くわしてしまって聞かざるを得なかっただけなのだけれど。  身長は聖より少し低く、童顔で女顔。髪は天然のくせ毛でふわふわしている。  その可愛らしい外見とは裏腹に、中身に激しくギャップがあり実に男前。 「お前も聖もノンケ。近くに居すぎてちょっと勘違いしてんだよ。ったく、俺が男絡みでふさぎ込んでたのよく見てたろ。なんでわざわざそういう道選ぶの、お前」 「神谷……」 「俺と違ってお前は……女と付き合うことできるんだからよ」 「……」  女と男であってもうまくいかない恋愛などごまんとあるというのに。  男同士、しかもノンケが相手で幸せになんてなれるわけがない。  中学生で自身がゲイである自覚を持った神谷はこれまで沢山の苦労をしてきたようで、恋愛に関しては冷めきっていた。  何度も何度も男を、それも親友だけは好きになるな――と真壁に釘をさしていた。 「……だけどさ、神谷……」 「何」 「俺、聖のこと本気だよ。でなきゃ、……男の乳首に欲情するなんて無理だ」  どーん。  そんな効果音がつきそうなくらい堂々と放った真壁の言葉に、神谷の身体からがっくりと力が抜けた。  机に伏して爆睡を決め込んでいる聖の背を眺め、神谷は長く重たい息を吐いた。 「アレに欲情とか……お前マジか」 「うん」  アレ、と指差し真壁の視線を聖に促すと、おっとりしていた瞳がほんの少しギラついた。  普段の真壁からは想像もできないその変化に驚きつつも、神谷は続ける。 「聖とか、ガサツだしなんかいろいろ雑だし。俺の方がよっぽど色っぽくね?」 「……ちょっと失礼」 「は? お、まっ、」  返事をする間も与えず、真壁は神谷の服を胸元まで一気にめくりあげた。  公衆の面前で何しやがる! と殴られても、大して気にした様子もなく姿を現した乳首を見つめて首を傾げている。  幸い、周りにはいつものじゃれあいにしか見られてはいないらしく、「何やってんだよお前ら」と笑われるだけで済んだ。 「ごめん神谷。全っ然欲情しない」 「ぶっ飛ばすぞテメェ」 「もうぶっ飛ばしてんじゃん」  殴られた頭をさすり、真壁は朝から爆睡しっぱなしの聖を見つめる。  癖のないまっすぐな黒髪。  ちょっとつり目がちのよく動く漆黒の瞳。  細いわりに程よく締まり、筋肉のついた身体に長い手足。  そして、何よりもあのふとした時に見せる全開の笑顔。  聖の何もかもが真壁を引き付けてやまない。 「諦められるのなら、とっくにやってるよ。心配かけてごめんな、神谷」 「……ばか野郎。苦労すんぞ」 「うん、今もしてる」  控えめな笑みを浮かべ、真壁はゆっくりとまばたきをする。  傍に居られるのなら、どんな痛みを伴ったとしても、しばらくはこのままでと切に願う。 「わかんねぇなー。アレにそんな魅力あるか?」 「……わかんなくていいよ」 「は?」 「俺だけが、わかってたらいいんだ」 「あっそ」  もう何を言っても真壁の想いが消えることはないだろう。  聖を見つめる真壁の瞳でそう察し、神谷はそれ以上口を開かなかった。

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