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――目の前にいる男は、一体誰だ。
どろりとした瞳はまるで闇を抱えているように昏い。聖のそれは、いつだって太陽のようにきらきらと輝いていたのというのに。
「……ひ、聖?」
「……」
僅かに赤みを帯びた目を細め、まっすぐに真壁を見つめる聖。
その漆黒の瞳に呑まれそうになりながらも、かぶりを振って真壁は聖から目を逸らした。
ひくつく喉が、言葉を紡ぐのを妨げようとする。ごくり、と息を飲み込んではみても、楽になどならない。
「ぐ、具合、悪いなら寝なよ聖。なんか今日おかしい」
「……」
「……聖?」
真壁の言葉に答えることなく聖はふらりと居間へ向かう。
いつ転んでもおかしくないほどに頼りないその足取りに違和感を覚え、バクバクと落ち着きのない心臓を押さえながら後を追った。
聖の背中を追って広くはない居間に入ったと同時に、真壁は家主の変化の理由を知った。
ふらつきながら座椅子に寄り掛かって座り、据わった瞳のまま聖が手に取ったのは缶ビール。
テーブルの上に横倒しになった缶が転がっていることからして、手を出しているのが1本や2本でないのは明らか。
聖の変化の理由に納得はしたものの、なぜ彼がそれに手を出したのかがわからない。
それも、こんな真っ昼間から。しかも具合が悪いらしいというのに。
「聖、もうやめなよ」
「……」
真壁の言葉を無視し続ける聖は、もう新しい缶に手を伸ばしている。
どれだけ残っていたのかは知らないが、持っていた缶は一気に飲み干したようで勢い良く畳に転がされていた。
いつもの彼ならば、真壁が綺麗にしてくれているからとわざと散らかすような真似は絶対にしないのに。
ころころと転がっていく缶から、僅かに残ったビールが零れ落ち、畳に染みを作っていく。
そんなことを仕出かそうものなら、有無を言わせず叱りつけて、すぐさま拭きあげるというのが常だった。けれど、真壁は呆気に取られたように目を見開いてその様を見つめるしかできなかった。
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