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「……何」 「や、真壁。お前ん家に泊まってんじゃないの?」 「――っ」  ひくり、と喉が引き攣る。  昨日の痴態を神谷が知っているわけがない。それなのに、堪えようのない羞恥が聖を襲った。 「い、や……? 知らねえ」 「マジで? 昨日すげえ勢いでお前ん家行ったのに?」 「昨日、は、気分悪くて……知らねえ」 「ふうん……」  聖の反応を気にした様子もなく答えると、神谷は自身のスマートフォンを操作して耳に当てている。  歩きスマホをするたびに怒ってくる真壁をぼんやりと思い出しながら、幾分か遅くなった神谷の歩く速度に合わせた。  けれど、神谷はすぐにそれを耳から離すとかぶりを振った。 「やっぱ、電源入ってねえや」と呟いて。  神谷の言葉に息を飲んだ聖には気付かず、彼はスマホを弄る手は止めずにその場に立ち止まった。 「午後の講義、絶対外せないとか言ってたんだけどな」 「そ、そうか」 「うん。あと、CD持ってきてって言ってたんだよなあ。どれがいいのかわかんねえから聞きたかったのに」  連絡つかないから全部持ってきた。  そう続けた神谷の鞄には、彼が好きな女性アーティストCDが数枚入っていた。  あまり音楽に興味のない真壁に押し付けようとしていたのは、いつのことだったか。  ぼんやりとそんな会話をしていたなと思い返す聖の目の前に、神谷のスマホの画面が突き出された。 「ほれ。今朝送ったメッセージに既読もついてねえ。珍しい」 「っ、ほ、ほんとだな。あいつ、いつもすぐに返信するのに」 「な。充電忘れて寝てんのかな」  視界に映ったそれは、聖のメッセージ欄と同じように読まれた形跡もないもの。思わず、視線を逸らしながらポケットに押し込んだスマホをぎゅうっと握り締めた。  得体の知れない焦燥感が、胸を支配していく。  ひどいことをされたのは、俺だ――そう思うのに、絞り出すような切ない謝罪の囁きが耳から離れない。  ざり、と後ずさるように踵を返して本来の目的である場所へと駆け出した。  慌てて呼び止める神谷に、上擦った声で「飯、食う!」とだけ答えて。  その背を見送る神谷の眉が訝しげに寄せられたことにも気付かずに。

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