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女子と並んでもひけを取らない、大きなどんぐり目とふんわりとした猫毛。背も大学生にしては低めで、どこへ行っても可愛がられるタイプの男――それが、神谷。
だが、今聖の目の前にいる男はその可愛さの欠片もない。ただただ、怒りに満ちた鬼神のような形相をしている。
「何急にキレてんだよこのくそチビが」
「質問に答えろや」
「知らねえよ」
「答えろっつってんだよこのくそ野郎」
「……しつっけぇんだよ」
見たことのない神谷の姿に圧倒されてはいたものの、頑として退こうとしない彼にさすがに苛立ち、聖はひらひらと手を振って踵を返した。
――もう、お前の相手なんかしてられるか。
聖の背にそんな苛立ちを感じ取った神谷は即座にその距離を詰め、揺れる手を取って自分の方へと顔を向けさせた。
「っ、」
ベルト痕に鈍い痛みが走り、顔を顰めた瞬間――ごつりと頬にさらに強い痛みが襲った。
予想だにしない突然の痛みに脚の力は抜け、聖は呆けたまま尻もちをついた。
ぱちぱち、と何度もまばたきを繰り返しては自身を見下ろす神谷を見つめる。
「ッ、……」
「……なんなんだよ……泣きてぇのはこっちだっての」
頬を殴られた聖の目の前に、透明な一粒の雫がぽつりと落ちて地面に染みを作った。
聖の頬を思い切り殴ったせいで赤くなった拳は強く握りしめ過ぎて震えているし、大きな目からはぼろぼろと涙が零れ落ちている。
殴られた頬はズキズキと痛む。けれど、それ以上に神谷の拳が痛そうで。聖は頬の裏側をぐっと噛み締めた。
「ゆうちゃん、待って、暴力は、だめ」
「……もう遅いよ」
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