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赤くなった手で何度も目元を擦る神谷の背後から、ひとりの女性が駆け寄ってきた。
どこから走ってきたのか、呼吸は乱れ、頬は赤く上気している。ひょこひょこと近付いて神谷の肩を掴んでいるその女性は、少し年上のようだが背は小さくやわらかな雰囲気を持っていた。
こんな状況でありながら顔やら服装やらを無意識にチェックした自分に呆れ、聖はのそりと立ち上がった。
「あ、あの、志摩……くんだよね?」
「……そうですけど。あんたは」
目の前の女性に罪はないことは重々承知していたが、その口ぶりから神谷の怒りの理由を知っていると察してつい棘のある口調になってしまった。
だが、件の女性は気にした風もなくこくこくと何度も頷いている。
「やまくんから、ちょこちょこ話は聞いてました」
「やま……くん?」
「真壁の事。大和だから、やまくん」
「はあ」
不機嫌丸出しのまま言った神谷はその女性を親指で指差し、聖から視線を逸らして続けた。
「真壁の、……従姉妹だよ」と。
従姉妹――いとこ。
何度かその単語を反芻し、漸く意味を解した聖はぱちぱちと数回まばたきを繰り返して件の女性の顔を覗き込んだ。
――似てない。ぼそりとそう呟いて。
「いや、結構似てるぞ。無駄に無鉄砲で人が良すぎて見てて苛々するとことか」
「ゆうちゃんひどい」
「ああ。あとぼんやりしてるとこもな」
「もう」
ぽこ、と軽く神谷の肩を叩くと彼女はゆるく巻かれた長い髪を小さな手で撫でつけながらにこりと笑った。
「真壁麻広 です。大和の従姉妹で、ここの事務員してます」と自己紹介をして。
「……志摩、聖です」
手を差し出されても同じように名前を答えながら握り返すことしかできず、ただ人の良さそうな笑みを見つめた。
"ここの事務員"とは、聖たちが通う大学の、ということで間違いはないだろう。胸に着けたネームプレートで嘘は吐いてないと確信できた。……疑う理由など、何一つもないけれど。
「で、従姉妹さんが、何の用」
「え……っと……」
目を伏せ、言い辛そうに口ごもる麻広。その表情は、なんとなく真壁に似て見えた。
似ては見えても麻広はヒールを履いても神谷よりも少し小さい。やっぱり、真壁には似ていないし彼とは違ってすこぶる可愛らしい。
顔が緩みそうになった瞬間、神谷の手が伸びてきて耳にスマホを当てられた。
何すんだ、と跳ねのけようとした手はぴたりと止まる。
『おかけになった電話番号は 現在使われておりません』
熱のない無機質な電子音が、繰り返しそう伝えている。
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