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 押し寄せてくる嫌な予感にぐらぐらと揺れる視界をそのままに神谷の手からスマフォを抜き取り、液晶を眼前に持ってくる。  真壁 大和 「え……」    スピーカーから漏れ出る無機質なガイダンス。そして、真壁の名前。  呆気に取られていた脳内がそのふたつの結びつきを理解したと同時に、自身のスマホを取り出し真壁の番号をタップする。 『おかけになった電話番号は 現在使われておりません』  先ほど耳にした言葉と同じものが、流れてくる。  何度掛けなおしてみても、結果は同じ。無機質な女性の声で番号を確かめろと指南してくる。  電話帳を開いて確認してみても、これまで何度もかけてきた真壁の番号で間違いはない。そもそも、リダイヤルからかけているのだから間違えようがない。 「かみや……」 「……」  唇がぶるりと震え、目の前で自身を睨み付ける男の名を搾り出した。  けれど呼ばれた神谷は僅かに赤くなった瞳を鋭く尖らせるだけで何も答えようとはしない。ただただ、視線だけで聖を責め立てている。 「あの、やまくんね、今朝学部センターに来てね、……」  スマホと神谷を交互に見つめたまま呆然と佇む聖に、麻広は言いにくそうに左右の指先を遊ばせながら言葉を紡いでいく。 「退学の手続きを、していったの」 「たい……がく?」 「あ、でも退学届けの提出はまだしてないの。表情がいつもと全然違ってたし、理由もわからないから考え直してって言って奪い取っちゃって」  本当はいけないことだけど……と胸ポケットから覗く綺麗に折りたたまれた書類を掴む指先は小さく震え、明るい色の唇は噛み締められ僅かに白くなっている。  社会人としてあるまじき行動に出た不安と、弟のような存在の真壁への懸念。たくさんの想いがない交ぜになっているのだろうか。視線は定まらずうろうろと忙しなく動いていた。 「慌てて追い掛けたけどすぐに見失っちゃって……電話をかけてみたら解約されてるし、途方にくれてたらゆうちゃんが来て」 「冗談だろって俺もかけてみたらあのザマだ」  自身の言葉に続いた神谷のそれに麻広は頷き、そろりと聖を見上げた。  大きな瞳に、たっぷりの涙を溜めて。 「やまくん、大学に通うのが本当に楽しいって、いつも言ってたの。だから、こんな形で退学なんてするわけがないの。……志摩くん、何か、知らない……?」  ぐらぐらと揺れる視界。瞼をぎゅっと閉じることで傾いでしまいそうな脚を踏ん張り手の中のスマホを縋るように強く握り締めた。  じくじくと、手首の痕が傷む。 「知らない」――と、上擦る声で答える自分に。

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