42 / 82

12

「家にも帰ってねえし、実家にもいないそうだ。お前ん家にも居ねえんだろ」 「……ああ」 「……本当に、何も知らねえのか」  神谷の声に重なるように、じわじわと煩い蝉の鳴き声が聖を責めてくる。  追い討ちをかけるように、どこか遠くで、あの掠れた謝罪の言葉が聞こえてくる気がする。  それでも、聖の口から零れ落ちたのは「何も、知らない」という言葉だけだった。  神谷と麻広が引き止める声を振り払って駆け出し、真壁が受けるであろう講義の教室を覗く。  誰も座りたがらない一番前の、真ん中の席。そこに、丸くなった大きな背中は見当たらない。  聖の知る誰よりも真面目な真壁は遅刻をしたことは一度もなく、講義が始まる10分前には所定の席に座っていた。なのに、その席はおろか教室中を見渡してみても、座っても頭ひとつ飛び出している大きな真壁の姿は何処にも無い。 「……」  もう一度、コールしてみても結果は同じ。無機質なガイダンスがもうその番号に繋がることはないと告げているだけ。  通話を終了させることすらもどかしく、ロックボタンを押してポケットにスマホをつっこむと聖は駆け出した。  食堂。喫煙所。駐輪場。  キャンパスで真壁と過ごした事のある場所すべてを、その脚で見て回った。  けれど、どこにも、真壁の姿はない。  大学という小さな世界を見て回っただけで、真壁がこの世から姿を消してしまったような気がして、足元からすうっと温度が下がっていく。  大きな過ちを犯してしまったのではないかと、小さくなっていた罪悪感がむくむくと再び大きくなっていく。 「……そう、だ。部室」  名前だけでいいから在籍していてくれと無理矢理入れられた写真部。  そこには、荷物置きと称して聖と神谷がぶん取ったロッカーがひとつあった筈。油性ペンででかでかと志摩・神谷・真壁と書き殴ったことも覚えている。  部室に真壁が居る筈がないことは百も承知ではあったが、もしもに賭けてみたい。  聖は荒れた息をそのままに踵を返し、写真部の部室を目指した。  写真部の部室は、西館の2階奥。  部員は多くなく、活動も盛んでないそのサークルの部室はひっそりとしており、メインの本館からは遠くにある。

ともだちにシェアしよう!