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全速力で廊下を駆け抜け、階段を2段飛ばして駆け上がり、部室のドアの前に辿り着いた頃には額から汗が流れていた。
「……」
呼吸を整えるのもそこそこにノックをすると、気の抜けた声が「はーい?」と返ってきた。
おそらくは、聖たちを写真部に引きずり込んだ張本人の部長だろう。
彼は、部室を我が物として使い、講義がない時はいつだってそこに居ると聞いたことがある。
「失礼します」と声を掛けながらドアを開くと、予想通り黒縁眼鏡で髪の毛はボサボサの部長がソファに座ったままぐるんっと顔を向けてきた。
意外だったのは、その眼鏡の奥の糸目が大きく見開かれていたこと。
何か、と尋ねればボリボリと頭を掻きながら読んでいた雑誌を放り投げて乾いた笑いを漏らした。
「いやいや、今日は珍しい客がよく来るなあって」
「……珍しい、客?」
「うん。まあコレで汗拭きなよ。大丈夫、新しい物だから」
手渡された真新しいタオルで汗を拭きながら、部長の動向を見守っていると何処から手に入れたのか立派な冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出して差し出してきた。
「はいどうぞ。いやね、朝早くに真壁くんも来てねえ」
「真壁が!?」
突然の大声にペットボトルがごろんと転がっていく。
ただただ驚きに満ちた部長とペットボトルには構わず、噛み付きそうな勢いで顔を寄せて真壁の所在を聞き出そうとする聖に、糸目の彼はそっと指先をある方向へと向けた。
「あ、あれ」
その言葉と指先に従い、視線をそちらに向ける。
そこには、三人でわあわあと騒ぎながら名前を書いたロッカーがあった。
(真壁はただやめなよ、とふたりを止めようとしていただけだったが)
一歩ずつ近付き、ロッカーを確かめる。
【志摩】【神谷】
近付くにつれ、殴り書きがはっきりと視界に映し出される。けれど、ふたつの名前に続く筈の真壁のそれは綺麗に消え去っていた。
「部長、これ……」
「うん。今朝、急に来て名前消して帰っちゃったんだよ」
ガコ、と鈍い音を立てて扉を開ければ、入部した時にふざけて撮った写真が何枚か入っていた。
それらすべてを確認してみても、真壁が映り込んだ写真は一枚も残ってはいない。
確かに、三人でカメラを回してそれぞれ撮った筈なのに。
残っているのは、真壁が撮ったであろう神谷と聖が笑っている写真ばかり。
「……真壁、何か言ってましたか」
「うんや。何にも言ってなかったよ。……何かあったの?」
「いえ……」
手の中で能天気に笑う自身の写真をくしゃりと握り締め、ロッカーを閉めてかぶりを振る。
腹の奥底から湧き出る不安は、次第に大きく膨らんでいく。
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