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◇◆◇◆◇ 「……何やってんの俺……」  自己紹介から数分。  聖は、真壁宅の真壁の自室に居た。  結果として真壁は実家にも居なかったのだが、彼の母曰くすぐに戻ってくるらしく。あれよあれよと上がって待つことになってしまった。  数回やんわりと断りを入れたのだが、真壁のお節介が過ぎるくらいの面倒見の良さは母譲りらしく彼女は一歩も譲らなかった。最終的に聖が首を縦に振ったのは、冷たい雨が鼻先に落ちてきたのがきっかけで。 「ほらー! 早く上がらないからー!」と強い口調で言われたため、上がらせてもらった。というよりも引きずり込まれた感が強い。  問い掛ける間もなくタオルを渡され、真壁の部屋に押し込まれて今に至る。  つい先ほど温かなコーヒーを差し出して真壁母はすぐに出て行き、聖はポツリと部屋に取り残された。  きちんと掃除が行き届き、整頓された部屋。服や下着がそこらに落ちていることもない真壁らしいそれに苦笑しながら緩みそうな背筋に力を入れる。  安堵している場合ではない。頭の中は、未だまとまってなどいない。真壁を探し出して、何を言うつもりなのか――そんなこと、聖自身わかっていないのだから。きちんと顔を見て話がしたい、ただそれだけ。  冷めてしまったコーヒーに口をつけ、こくりと飲み下す。喉を滑っていく苦みとともに、緊張感も流れてしまえばいいとカップに重い息を落とす。 「……ただいま」 「あら!」  半分ほど飲んだところで、聞き慣れた声が階下から届いた。  突然のそれに驚き、カップをソーサーに戻すだけでガチャリと乱暴な音が上がる。  だが、そんな僅かな物音は階下までは届いていないようで母と話を続ける真壁の声が聞こえてくる。  聖に気付いていないであろうその声は、聞き慣れたそれよりもずっと不機嫌なように感じる。  友達が来たのよ、と告げる母親に「余計なこと言わないでよ」と短く答える声は、真壁らしくなく棘がある。続きを言おうとする母親の声を振り切ったようで、ダン、ダンと踏み抜きそうな勢いで階段を上がってきている。  居住いを正し、じっとドアを見つめてそれが明け放たれる瞬間を待った。

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