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 聖もまた、眠れなかったのだろうか――この、数日間。  胸倉を掴まれたまま聖を見下ろす真壁の手が、のそりと動いた。  震える手を自身のそれで掴み、ゆっくりと引き剥がす。 「ごめん」と。何度目かわからない謝罪の言葉を落としながら。 「まか、」 「もう逃げないから、落ち着いてよ」  手を掴んだまま溜息と一緒に吐き出すように言えば、ほう……と安堵の息が聖の唇から漏れた。  しんと静まった部屋に、互いが息を飲む音が小さく響く。  真っ黒な瞳が、真壁のそれをまっすぐに捉える。  その視線から逃げるように目を逸らし、真壁はうなだれたままポツリと零す。 「何もかも投げ出して、逃げ去りたかったんだ」 「え……」 「聖が大切なくせに、傷つけて、泣かせて……こんな俺、聖の傍に居る資格なんか、ない」  だから、と続けた真壁の身体がふるりと震え強く食いしばる唇が白く色を無くしていく。 「……誰も俺を知らない場所へ、逃げようとしてたんだ」  真壁の指先が示す壁際に視線を移せば、大きなキャリーケースが鎮座していた。  既に荷造りは済ませてあるのか、しゃんと立つそれの取っ手には小さなお守りが着けられている。 「誰も、知らない場所……」 「……うん。もう二度と、聖に会うつもりはなかった」  真っ黒な瞳がはっと見開かれ、驚愕に揺れて真壁だけを見つめる。  わななく唇が小さく絞り出した「勝手なことを」という言葉は届いたのか、視線を受け取る真壁は頷くことで聖の非難を肯定していた。  すべてを諦めきったような表情を浮かべる真壁に、聖の中でぶつりと何かが切れた。  もう一度胸倉を掴み、真壁の身体を壁に押し付ける。  ゴン、と頭を打つ音が響いても構わずに何度かその身体を揺する。真壁は抵抗もせず、ただされるがまま。

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