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 麦わら帽子のマスコットが揺れる鍵を取り出して鍵穴に差し込み、解錠する。  ただそれだけの、毎日繰り返してきた動作にやたらと緊張して震えたがる指先に力込めてドアを開いた。一日締め切っていた部屋は、むわりと不快な空気で聖たちを受け入れる。  狭い玄関に、男ふたり。  いくつかのスニーカーが並べてある半畳ほどしかないコンクリートのたたきは、男ふたりが立つにはあまりに狭すぎる。  けれど、聖はスニーカーを脱ごうとも、振り返ろうともしない。  ただ黙って、俯いているだけ。  お気に入りらしい紺色のTシャツには汗が滲んでいるし、真壁より背の低い聖が俯けば自然と項をさらすことになる。なぜか汗臭さを感じさせないそのしっとりとした項に、真壁の喉がごくりと鳴る。 「……なあ」 「へ、ひえい!?」 「あ?」  必要以上に聖の項へと近付いていた鼻先をがばりと離した真壁は情けないほどに裏返った声で答えてへらりと笑った。  真壁の対応などさして気にならないのか、フンと鼻を鳴らした聖が振り返り真下から見上げている。 「お前、俺が好きなんだよな」 「……う、うん」  わかってるなら何度も確認しないでよ……と視線を外しながらぼそぼそと呟く真壁のシャツの襟元を掴み、聖は勢い良く引いた。  そして、がぶり、と。その口元に噛みついた。  目を白黒させる真壁に構わず下唇をあむあむと数回噛んで離すと、聖は声をあげて笑った。 「汗くせえ!」と。実にすっきりとした表情で。  何事かと問いただしてくる真壁に眉尻を下げた笑みを送ってやり、その胸に遠慮なく飛び込んだ聖はぐりり、と自身の額を真壁のそこに押し当てて深く深い息を吐き出した。  心から安堵するようなその吐息に、固まってしまった真壁の身体がぴくりと跳ねる。 「どう責任取ってくれんだよ」 「なに、なにが!?」 「お前のことばっか考えてたら、のぼせた」 「へ!?」  あわあわとやり場に困っている真壁の手を取り自身の腰に回すように誘導すると、にたりと聖は笑う。  小悪魔とか、魔性とか。そういう性質の悪い単語がぐるぐると真壁の脳内を漂い、正面から襲い来る聖の色香にぐらりと視界が揺れそうになる。

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