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 神谷の背中が遠ざかり、視界から消えた瞬間、聖は声をあげて笑いだした。 「いてえ」と「ウケる」と繰り返しながら。 「……何がおかしいの」 「いやな」  ぐふ、と噎せながら真壁の頬に手を添えて自身へと向けさせてにたりと笑っている。  そんな何かを含んだ笑みにすら真壁の胸は高鳴り、締め付けられる。聖が傍にいて、笑っている――それだけで、幸せを感じてしまう。  怪訝に寄せられていた眉根が綻び、真壁の瞳がまっすぐに聖を映しだしたと同時に、ふたりの距離が一層近付いた。唇と唇が、触れ合ってしまうほどに。 「!?」  くちづけはほんの一瞬だった。けれど、ふたりが今居るのはキャンパスのど真ん中。朝一番とはいえ、自販機がすぐ傍にあるこの場所はいつ誰が通るかも判らない。  何を考えてるのか、と両手で自身の口を塞いだ真壁が視線で聖に訴えかけると、漆黒のそれはまたにたりと歪んだ。  それはそれは、楽しそうに。 「どうしよう。俺、思ってた以上にお前のこと好きだわ。すげー好き」 「へっ!? 何、何の御褒美!?」 「うるっせー調子乗んな」 「聖くん!? もう一回言って!? ねえ!?!?」  ふい、と顔を背けた聖に縋りつき、懇願する様はこれ以上なくダサくて情けない。  なのに、思わず頬が緩んでしまう程に嬉しくもあって。  まとわりつく真壁の額にデコピンを食らわし、聖は慎重に深呼吸を数回繰り返した。 「お前と、ちゃんと触れ合いたい」 「聖……」 「もう泣き喚いたりしねえから。次は優しくしろよ」  ちゅ、ともう一度くちづけて聖は笑う。慈愛に満ちたそれに、真壁の胸は忙しない音を立て続ける。    叶わないと絶望しながらも抱き続けた感情は、まっすぐに聖が受け止め、抱きしめてくれた。これ以上の幸せはないと真壁は聖の耳元で囁く。ありがとう、と。何度も、何度も。  あの日幾度となく口に出した「ごめん」。それはもう、ぐしゃぐしゃに丸めてどこかへ投げ捨てられてしまったようで。    悲しみに満ちたキスは、いつの間にか甘い甘いそれに変わっていた。 「覚悟しといてよ。俺の愛は重いんだから」 「全部食らい尽してやっから、お前こそ覚悟しとけ」  漂う甘さに耐えきれなくなった神谷が踵を返し飛び蹴りを仕掛けてくるまで、ふたりは額を寄せて笑いあった。

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