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「お前、部屋どうすんの」
飛び蹴りをかます程に怒りに満ちていた神谷をどうにか宥め、事務室にいた麻広に平謝りして、聖宅へ向かう途中にぽつりと落とされた言葉。
ぎょろん、と大きな目が真壁を見つめている。少しだけ、不安げに。
「部屋って?」
「マンションだよ。あと、ケータイ。解約したままだろ」
「あ」
「あ。じゃねえよ……何でも先走るから」
へらりと笑う真壁の額を叩き、聖は一枚の名刺を取りだしだ。
幾島という名前に見覚えがあったのか名刺と聖を交互に見やり、顔を傾けている。
――部屋に、行ったの? と。その表情が問い掛けている。
「……なんで嬉しそうなのお前」
「いやあ必死になって探してくれたんだなあと思うとね、うごっ」
鳩尾に頭突きを食らわし、聖は鼻を鳴らした。
「次は探したりしねーからな」と吐き捨てて。けれど、その頬が僅かに赤く染まり、羞恥を隠し切れていない。
貴重な照れ顔を前に、腹の痛みは吹き飛び真壁は小躍りしたい気持ちを抑え込み名刺を受け取った。
「幾島さんには俺から連絡しとくよ。ごめんね」
「そうしてやれ。結構心配してくれてたぞ。……なあ」
「ん?」
ぐい、と胸倉を掴んで引き寄せたと同時に、顔が近付く。
丸く黒い瞳が急速に近付き、真壁はきゅうっと目を閉じた。先ほどと同じ甘いくちづけを、期待して。
ゴッス。
鈍い音が辺りに響いたのは、そのすぐ後。ちかちかと目の前に星を飛ばす真壁を放り、聖はたった今頭突きをした額を撫でた。
聖の額に変化はないが、真壁のそれはみるみるうちに赤くなっていく。だが、構うつもりはないらしく右手でごすごすと攻撃を追加している。
「痛い! 聖ストップ! 痛いマジで!!」
「……」
涙目で訴えかける真壁に漸く攻撃の手を止め、またもぐっと顔を近付ける。
また頭突き!? と肩を竦めた真壁を余所に、聖はポツリと零した。
もう、謝るなと。
「へ……」
「お前はちゃんと謝ってくれたし、気持ちも伝えてくれた。だからもう、謝んな」
「へ、へい。……でも聖、普通に口で言ってくれればいいと思うんだけど」
痛いし、と続け額をさする真壁はいつもより一層情けない顔をしている。
その鼻っ面にデコピンをし、わははと笑う聖は心の底から楽しそうだ。何もかも、許してしまっている表情。それを真正面から見つめ、胸元をぎゅうっと握り締めた真壁は聖の腕を取った。
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