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いちごミルクの味①
同じ週の日曜日、安達はバスケ部の試合を観るために別の高校に来ていた。午後二時から試合に伊豆原が出ている。
各駅電車で五駅。電車賃を掛けてまで、安達が伊豆原について来た理由は、彼の側がなんとなく居心地が良かったからだ。
「王子ー!」
「きゃー!!」
お金持ち学校のちょっとした観客席から伊豆原に向かって黄色い声が飛ぶ。安達はマネージャーの仕事などしていなかったが、伊豆原のチーム側のベンチに制服で座っていた。服を選ぶのが面倒だったのだ。
変わらぬ眼帯に変わらぬ包帯、相手側の人間には怪我をして試合に参加出来なかった選手だと思われていたかもしれない。
次々とシュートを決める伊豆原は安達の目に輝いて見えた。時折、安達と目が合うと彼が爽やかに笑ってみせる。
運動も勉強も中の中のような自分に彼が惹かれるわけがない。安達は伊豆原が自分に惹かれている理由を知っていた。伝えるべきだろうか、とも思っていた。だが、居心地が良くて言い出せなかった。
「王子、かっこいいー!」
声が聞こえる。音も聞こえる。側にいるのに、何故なのか。
────うるせぇな……。
安達は両耳を塞いで立ち上がり、体育館から抜け出した。校舎に続く外の渡り廊下を歩きながら数珠を取り出し、いつものように叫ぶ。「ラゼフの手下よ!我が力で去りたまえ!」と。
そして、勝手に校舎に入り、安達は自販機を探した。お目当ては、いつものいちごミルクで自販機のディスプレイに並んだピンクのパックを目にして、ホッとする。
「祓いたまえ、清めたまえ」
そんな言葉を唱えながら、常備している油性マジックでパックに印を描く。ストローを刺して、いちごミルクを飲みながら安達は元来た道を戻った。
バスケの試合自体にあまり興味はなく、安達には伊豆原が何度勝って、何度戦ったか分からなかったが、体育館に戻ると試合は終わっていた。
「ハル、何処に行って……ああ、いつものか」
試合が終わり、解散した選手の間を縫って伊豆原は直ぐに安達の元にやって来た。
「寄るな」
「え?」
近付いてくる伊豆原とは反対に安達はいちごミルクのパックを持ったまま、数歩後ろに下がった。
「いや、直ぐに寄るな。お前の取り巻きに敵視される」
伊豆原の後ろから数人の女子が駆けてくるのが見えた。そちらにチラッと視線を向け、安達は壁際に寄って腰を下ろした。
「王子、今日も格好良かったよ?」
「あのシュート凄かった!」
少し離れた場所から取り巻きに囲まれた伊豆原を見て、安達は思う。キラキラしてるな、と。伊豆原も女子たちも自分と違って輝いて見える。吸っていたいちごミルクのパックからストローを通して空になった音がした。
「ハル、お待たせ」
安達が伊豆原から、そう言われたのは大分時間が経った後だった。彼の取り巻きは生徒だけではなく、相手側の先生もだった。お金持ち学校にはシャワー室もあり、そこに案内されたらしく、伊豆原は安達の前から暫く姿を消していたのだ。
「ちょうど良いから、デートする?」
帰り際に伊豆原からそんなことを言われ、安達は彼と大手チェーンのハンバーガー屋に寄った。
「疲れた?今日、来てくれてありがとう」
「俺は何もしてない」
「なんか怒ってる?」
「いや、ホッとしてる」
「なんで?」
「なんとなく」
夕方の家族連れだとか部活帰りの学生だとか休日出勤のサラリーマンで賑わう店内で、フライドポテトを摘みながら、安達はぼそりぼそりと伊豆原と会話した。
「俺、お前に言っておきたいことがあるんだが」
「それって、俺、フラれたりしない?」
「違う。お前……」
安達が伊豆原に重要な話をしようとした時だった。一人の女性が彼らに近付いてきた。
「あなた、大丈夫?虐待とかイジメにあってない?」
安達の眼帯や包帯を見て、心配になり声を掛けてくれたようだった。年配の優しそうな女性だった。
「大丈夫です。これ怪我じゃないんですよ。俺、中二病なんで」
珍しく、敬語なんて口にして、安達は立ち上がった。食べかけのハンバーガーをゴミ箱に捨てて、外に出る。慌てて、伊豆原も彼の後を追って外に出た。
「ハル?急にどうしたの?そっち、駅じゃないけど」
「一駅くらい歩いて帰りたい気分なんだよ」
伊豆原より数歩前を歩きながら、安達がぼそりと言った。どんな表情をしているのか、伊豆原からは見えない。
「お前、先帰れ」
「一緒に行くよ」
薄暗い道を歩き、大きな公園の入口を通り過ぎようとした時だった。伊豆原に手を掴まれ、安達は振り払った。だが、安達に異変が起きた。
「これ……、マズいかもしれない……」
怯えた顔をして、安達が公園の中をジッと見つめた。いや、視線を外すことが出来なくなっていたと言った方が正しい。
「どうした?」
「ここ……、居過ぎる……!」
「何が?」
「動けない……っ」
「ハル?」
何が起こっているのか分からなかったが、伊豆原は安達の手を強く掴んだ。瞬間、ぐらりと安達の身体が傾く。伊豆原が安達の身体をグッと引き寄せ、支えた瞬間だった。
「許してくれ……」
「な、ん……」
安達は伊豆原のジャージの胸倉を掴み、自分の唇で彼の唇を塞いだ。それは触れるだけのものではなく、深いキスだった。
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