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いちごミルクの味②

◆ ◆ ◆ 「狭いけど、まあ、入れよ」  すっかり日が沈んだ頃、伊豆原は安達に連れられて彼の部屋に来た。古いアパートの二階、一番左端の部屋。扉を開けると、目の前に畳が見えた。家具はあまりない。 「一人暮らしなの?」 「家族には気味悪がられてるから」  伊豆原が部屋に入った瞬間、安達がキョロキョロと辺りを見回した。そして、何も無かったかのように冷蔵庫に向かう。 「……なんか、ごめん」 「いいよ、別に。これから全部知られることだし」  畳に腰を下ろした伊豆原に「すまん、いちごミルクしかない」と安達がピンク色の紙パックを手渡した。伊豆原は小さく礼を言ってパックにストローを刺した。 「お前には、全部話すよ。あんな、こと……しちまったし……」  小一時間前のことを思い出し、安達がやっちまったと額に左手をあてた。 「別に、無理しなくても良いけど?俺はハルのことが好きなわけだし、いつかはこうなってたかもしれないし」  そう言って、伊豆原がいちごミルクを一口飲んだ。 「それが間違いなんだ」 「え?」 「これ見ろ」  安達は伊豆原の前に膝立ちになり、静かに右目の眼帯と右腕の包帯を取り払った。 「ハル、それ……」 「俺は産まれた時から右半身を霊に呪われてるんだよ」  彼の右目は白く濁り、右腕には掴んだような手形の痣が数個あった。カラコンでもペイントでもないことは至近距離の伊豆原には直ぐに分かった。 「見えないのか?」 「いや、見える。ただ、これを外に出してると霊が大量に寄ってくるんだ。俺、霊感あるし、グロいの見るのとか声聞くのとか正直毎日キツい。だから、中二病になったっていうか……」  毎日が喧しくてしょうがない。中二病になれば、怪我とか虐待とか滅多に言われないし。それは現実逃避からの病。 「毎日、いちごミルクに印を描いて飲んでるのは、霊に取り憑かれないようにするため。それは俺の好物でもある。だからこそ、毎日忘れない」  そう言って安達は伊豆原の手元を指差した。 「飲み忘れたら、どうなるの?」 「霊に取り憑かれて行方不明になるか、死ぬ。詳しくは知らない」 「そう、なのか……。それで?俺にキスした理由は?」 「それは……、そうするしかなかったから」 「そうするしかなかったって?」  俯く安達の右手を伊豆原が強く掴んだ。 「っ、お前、なんかすげぇもんに守られてるから。見えないし、感じねぇけど。今だって、お前が部屋来た瞬間、何も居なくなって静かになったし」 「あ、前、占い師にそんなことを言われたけど。あれ、本当だったのか」 「守られてるやつの血っていうか、体液っていうか、そういうのを摂取すると霊が見え辛くなったり……」  ゴニョゴニョと安達の言葉が尻すぼみになる。 「でも!お前の言ってたこと!俺のこと、好きっていうのは!……間違いだ、お前のこと守ってるもんが俺のことも守ろうとしただけ」  自分で言っていて、安達の心は少しモヤっとした。胸をチクリと針に刺されたようだった。  ────その気持ちは偽りだ。 「……」 「怒ったか?」  安達は自分の顔を見つめたまま黙り込む伊豆原に問い掛けた。だが、伊豆原には聞こえていなかった。 「ハル、もう一回キスしたら、本当か嘘か、分かるかもしれない」 「なっ、に言って……っ」  強引に引き寄せられてした二度目のキスはいちごミルクの味がした。

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