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翌日の月曜日。仕事で忙しかった木崎は、午後八時ごろ帰宅するとざっと食事をつくり、ビールといっしょにもりもり食べてシャワーを浴びた。テレビのバラエティ番組を見つつ明日の出勤の準備をして、いつもどおりに十一時すぎにベッドに入った。ぬくぬくの毛布に幸せな気持ちになる。豆電球だけつけた暗がりのなかで、枕元に置いたスマートフォンのメールを見返す。思わず、顔がほころんだ。
十一時半にはもう眠っていた。
午前三時。木崎を包む闇が少しだけ濃くなる。ふと、目が覚めた。なにかの予兆を感じたように。腹の上にユリウスが乗っている。
「こんばんは、仁介君」
淫魔はそう言って、優しいおじさまの笑みを見せた。
「こんばんは。あなたも物好きですね」
木崎も目を擦りながら返事をする。もう、ユリウスがいることに慣れてしまっていた。淫魔は腹の上に跨ったまま、穏やかに言った。
「彼女とは、進展あったか?」
「あ……それが」
木崎はちょっと恥ずかしそうな顔になる。手さぐりでスマホを取り、メール画面をユリウスに見せた。
『きのうはごめんね。明日、会えない?』
「よかったじゃないか」
そう言ってくれるユリウスに、木崎の顔がぱあっと明るくなる。
「はい。明日、おれの誕生日なんですよね。きっと祝ってくれるんだろうな」
しあわせ~という顔で微笑む木崎の顔を堪能したあと、ユリウスは彼の頭を撫でた。木崎の顔が緩む。思わず素直に口走っていた。
「……ユリウスさんって」
「ん?」
「なんというか、色っぽい……ですよね。顔が」
「そうかな? きみみたいにハンサムじゃないけど」
「ほら、よく言うじゃないですか。『完璧すぎる顔には色気を見いだせない』って。どこか欠点があるほうが、ぐっとセクシーに見えるんですよね。あ。あなたの顔が不細工って言ってるんじゃないですよ」
「ありがとう、うれしいな」
ユリウスはにこにこ笑って、木崎の頭を撫でる。
「仁介君は、今、幸せかい?」
「はい。幸せです」
「よかった」
木崎は突然ベッドから起きあがると、ユリウスの目をうるんだ目で見つめてつぶやいた。
「おれ、子どものころからお父さん、いなくて。ユリウスさんはお父さんみたいですね」
ユリウスの瞳孔が小さくなる。ほんと? と笑った口から、白い歯がちらりと覗いた。
「ぼくを父親みたいだって、思ってくれるのか?」
「はい」
「じゃあ、抱きしめていいかな?」
低く落ち着いた穏やかな声に、木崎の体が耳になり、吸い寄せられた。ユリウスの声は、木崎の体の性感帯を、人差し指でそっと撫でるように内側から撫であげていた。いいですよ、とつぶやくと、ユリウスは木崎の体をぎゅっと抱きしめた。
あ。木崎の口から吐息が漏れた。ユリウスの体はあたたかくて、ぶ厚くて、逞しくて安心感がある。守られているようだ。その体に抱き寄せられて、木崎の内側が幸福で満ちた。そして、体を走る甘い痺れ。息が苦しくなる。中背の木崎は、大柄なユリウスの首のつけ根にぽすっと頭を押しつけた。
「仁介君は、いい子だね」
「ん……、そう、ですか?」
「お父さんみたいに思ってくれるのか?」
かすかにうなずく木崎の頭を撫で、ユリウスは彼の耳元でささやいた。
「じゃあなんで、勃起してるんだ?」
腕の中で木崎が体を強張らせる。真っ赤になった。幸せな感覚にばかり気をとられていて、自分の体の変化に気がついていなかった。
「ぼ……!? え、うそ、そ、そんなはず、な……!」
そう言ってとっさに自分の脚のあいだに手を押しつけると、たしかにむくむくしている。パニックで、わけがわからなくなった。
「心配しなくても大丈夫、正常な反応だよ」
そう言って、ユリウスは木崎の頭を撫でる。優しくささやいた。
「でも、初めてならびっくりしちゃったな。大丈夫だよ。怖がらないで」
「す、すいません、おれ……! シャワー浴びてきます!」
昔から、不適切な場面でむらむらしてしまうと、木崎は冷たい水を浴びに行くのが常になっていた。慌てて体を離して宣言すると、淫魔のユリウスは「ぼくがなんとかしてあげるよ」とは言わなかった。
「行っておいで。でも、忘れないで」
そうささやいて、木崎の目の中を覗きこむ。黒い尻尾が揺れ、ユリウスは微笑んだ。
「求めれば必ずそこにいる、それがぼくだよ」
木崎は跳ね起きるようにベッドから出て、ユニットバスの中に入っていった。ユリウスはその後ろ姿を見送った。
木崎が風呂から出てきたころ、ユリウスはいなくなっていた。
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