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第6話
危なかった。あの目で、あの熱のこもった目で見られて俺は何も言えなかった。あれじゃあ何されたって文句言えねぇ…いや、まあ蹴り入れて逃げたけど。
屋上から逃げたあと、俺は姉から連絡が入っていることに気づいた。
何時にどこどこの駅に来いと言うお呼び出しだ。内容はわかっている。姉、梨絵の買い物の荷物持ちだ。
無視してもいいが、姉というものは無視した後がほんっとにめんどくさい。何度もそれを経験してきたし、特に用もなかったため素直に応じた。
「荷物ありがとねぇ!まじで助かったよ。彼氏と約束してたのにあいつ寝坊しやがって、でも早く買い物したかったからさー」
「べつにいいけど。うぜぇから離れろよ」
「いいじゃーん。私美人でしょ?一人でいるとめちゃくちゃ絡まれるんだよね。オメガだったらやばかったってつくづく思う」
「自分で美人っつってたら世話ねーな」
たしかに姉は整ってる方だと思う。俺みたいに人相悪い感じではなく、ただ笹塚家の血は流れていることが分かるきつい顔立ちではあるけど。
「それでさ、さっき言ってたこの間のー…恭平?」
「あ?…あー、なんでもねぇ」
少し離れた場所で揺れる金髪を見つけた気がした。もしかしてまたあいつかと一瞬身構えたが、その金髪はすぐに人混みに紛れてどこかへと消えてしまった。
…まあ、いいか。あいつじゃなかったんならいい。
「お礼したの?その助けてくれた隣のクラスのアルファくんに」
「…はぁ?なんで礼なんてしなきゃなんねぇんだよ」
雑談混じりにこの前のことを話した。もちろん桜井とヤッてしまったことは話してない。
「いやさぁ、あんたの発情期にあてられたアルファに絡まれて大変だったときに、わざわざ声掛けて助けてくれたんでしょ?お礼しとくのが当然じゃない?」
あれは助けてくれたに入るんだろうか。
梨絵にそう言われて、俺は顎に手を当てて少し考えてみた。たしかにあんなことはあったが、俺がオメガということを言いふらすわけでも、それをネタに脅してくるわけでもない。
悪いやつじゃないのは、………わかる。
「ほんとただでさえ目つき悪くて友達もいなくて喧嘩ばっかりまともにコミニュケーションもできないんだから、お礼くらいは言えるようになりなさいよ。そんじゃ、彼氏もう来るらしいから荷物もういいよ、じゃあね」
梨絵は言いたいことだけ言い切ると、俺から荷物を奪い取って人混みに紛れて行った。
別に梨絵の言いなりになるつもりはないけど、お礼…は言った方がいいのかもしれない。いや、でも俺はあいつに酷い目に合わされてる。言う必要があるか?
「クソッ!」
なんであいつのことばっか考えなきゃいけねぇんだ!
思わず出た言葉に周りが俺を避けて歩くがそんなことは構ってられない。
あいつのことを考える度に、胸がもやもやしてすごく不愉快になる。ほんとに、アルファなんか、…桜井なんか大嫌いだ。
◇
「…おい。ツラ貸せ」
次の日の放課後。
教室で友達らしき奴とだべっている桜井の前に行き、睨みながら声をかければ桜井は驚いたような顔をして俺を見た。
「……あーごめん、俺これから川端と遊びに行くから忙しいんだよね」
「っちょ!俺を巻き込むな!」
驚いたのは一瞬で、桜井はすぐに俺から目線を外した。
なんだか様子がおかしい気がする。目線の逸らし方がわざとらしいというか、冷たく俺を突き放しているようだがちらちらこっちを様子見してくる素振りもある。
ていうか、いきなりなんだよこいつ!
さすがにこんな反応されるとむかつくな。
そんなに鳩尾に蹴り入れたのが堪えたんだろうか。…まあ痛くないわけねぇだろうけど。
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