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第28話

デート先は映画になった。 遊園地は桜井が微妙だし、水族館は俺が微妙だし、他に思いつかなかったから無難と言える。 だがしかし、今この状況はおかしい。 桜井の手が俺の手にくっついていて、い、いわゆる恋人繋ぎをしている。デートだし、こいつは俺のことが好きだし、べつにおかしな行動ではないのかもしれないが、俺の心臓が信じられないくらい煩いのだ。 しかも俺はその手を振り払えないでいる。おかしくないか?俺は桜井が嫌いなはず、だし。それなのになんでこの手を振り解けないのか、心臓がこんなにも煩いのか、その答えは心の奥底ではわかっているのに必死になって考えないようにしていた答えが、考えだすと俺の頭に張り付きもう映画どころじゃない。 映画が終われば照明がついて、それと同時に桜井の方から手が離れていき、俺はそれを少し名残惜しく思ってしまうが唇を噛み締め口に出すことはしなかった。 「まあまあおもしろかったね」 「そうだな」 本当はまったく内容が頭に入ってきていないから、おもしろかったのかつまらなかったのかもわからない。 集合が遅かったため、日はもう傾いていて、そろそろ夕飯時。この後のことはノープランだが、どうするのか問いかけようとして、桜井が先に話し出す。 「ねえ、観覧車乗らない?」 ◇ 近くの海沿いに観覧車があり、桜井がそこがいいというので向かうことにした。べつに観覧車に好きも嫌いもないが、何が楽しいのかはわからない。それでも桜井は楽しそうで、俺と一緒にゴンドラの中へ乗り込んだ。 「観覧車とかちょー久しぶり。夜景すげー綺麗だね」 向かいあわせになるように座って、ゆっくりゴンドラが動き出す。桜井は窓越しに外を眺めながらそう言うので、俺も外を眺めてみた。 たしかに日も暮れてきているし、ネオンが光り輝いて綺麗と言われれば綺麗かもしれない。 俺はふと気になっていたことを桜井に問いかけた。 「お前さ、鈴音とヤッたのか?」 「は?誰、鈴音って。…あ、いやいや待って。あれね、あんとき電話してたオメガね」 喧嘩の原因になった、桜井に電話をかけてきた女。すぐに桜井は思い出したようだ。 「ヤッてないよ。誰ともしてない。てかだいぶ前に笹塚以外とはもうえっちしてないって言ったじゃん」 「…でも怒ってたし」 「んー…まあ怒ってたけど。もう今は笹塚以外で勃つ気がしないんだよね。発情期中のオメガに誘われたらさすがにあてられるけど、笹塚が好きだからある程度我慢できるよ」 そこでふと、桜井は俺を見ながら目を細め、楽しげに口元を歪ませた。 「ヤキモチ?」 「…あぁ?」 「なんでそんなこと聞いてきたの?俺が他のオメガとヤッてたらどうなの?嫌なの?」 畳み掛けるように問いかけられると俺は返答に困った。ヤキモチなのかと自分に問いかけてみるがそんなことわからない。気になって聞いてしまったのは事実だが、でも桜井が他のオメガとヤッていたらどうだろう。……嫌、かもしれない。でもそんなこと、言えるわけがない。 「ねえ?どうなの?」 「…………」 「笹塚って自分の都合が悪くなると黙るよねぇ」 だって答えられないから仕方がない。 なんでそんなことを聞いたのか。 なんで桜井が他のオメガとヤッていたら嫌だと思うのか。 そんなこと、理由はひとつしかないのに、それを口に出すのは俺には難しすぎた。まるで唇が接着剤でくっつけられたかのように、その言葉を出すのを躊躇う。 俺はアルファが嫌いだし、アルファである桜井も嫌いだった。 でも桜井は他のアルファと違う。アルファの殆どは浜岡だったり、公園で襲ってきた奴らのようなオメガを孕ませるための性道具のような扱いをして見下す連中が殆どだが、桜井は俺を好きだというし、俺を見下すような素振りは見せない。 そんな桜井を、はっきり嫌いだと言えない俺がいる。 嫌いじゃなければ、なんだと。 そんなものひとつしかない。 嫌いの反対はひとつしかない。

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