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第5話
微かに聞こえるチャイムの音も繊細で涼しげな音だった。ラリックをランプ――つまりは外からでも盗めそうな――にしているくらいなのでチャイムも高級品なのだろう。
オレンジ色に近い黄色のランプを見回していると、何かのツタと葉っぱで目立たないように来客を識別するカメラが設置されていることに気付く。
洋館の堕天使ちゃん……いや、敷地面積といい、この洋館の趣味の良い佇まいといい「ちゃん」なんてつけるのは何となくバチが当たりそうだ。洋館の堕天使様がオレの様子を窺ってでもいるのかも知れない。20分くらい待たされた後で、門が自動で開いた。と同時にオレの身長の倍以上はゆうにある玄関のドアが開け放たれた。屋敷内でもオレンジ色なのだろう。その優しい光が玄関先から溢れるように零れた。
入って良いものかは全く分からなかったのでそのまま門の前で待つことにした。
足早に一人の長身の女性が近付いてくる。7月なのに飾り気の全くない真っ白な長袖のブラウスとカーデガン、そしてひざ下30センチほどの黒いスカートと黒い実用的なパンプスを身に着けている。オレには女性の年齢なんかは分からないけど、40歳よりも下ということはないだろう。口紅一つ塗っていない化粧っ気のない顔は意外に整っていて、バッチリ化粧をして華やかな色の服やアクセサリをつけたら、この洋館の持ち主とか、その奥さんで充分にこの街の皆さんにも軽く納得されそうな整った顔をしている。
「初めまして。K応大学社会学専攻の神藤晶と申します。夜分にお邪魔して申し訳有りませんでした」
メイドさんなのか執事さんなのかは分からないけれども、精一杯明るくはきはきと挨拶をした。
「ようこそおいで下さいました。例の言葉はご存知でいらっしゃいますか?」
例の言葉というのは島崎さんが教えてくれた合言葉のことだろう。
「はい。『ロゼブラン』です。
女性は一つ頷くと、玄関の方へと足早に案内した。彼女にとっては足早かもしれないが、足の長さでは断然オレの方が長いし、合言葉が無事に言えた安堵感から庭を窺う余裕が生まれた。
その豪奢な庭にも息を飲んでしまったが。
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