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第10話
その肖像画はオレの目を釘付けにしてしまうには充分過ぎるくらい魅力的だった。絵画の価値は全く分からないので自制はしたが、熟する直前の苺色の唇などは絵だと分かっていても接吻したいほどの魅力を湛えている。
先ほどの女執事さんの4つの約束が頭の中に蘇った。特に声を大きくしたわけでもないし、どちらかと言えば物静かでしとやかに言い聞かすような感じだったが、それでも威厳を備えていた。キンキンと怒鳴るウチの家政婦さんとは全く違ったタイプで、あれがこのお屋敷の上流階級の上品な雰囲気をさらに高めているのは分かる。
女執事さんの約束は、「1、この屋敷で起こったことは誰にも洩らさない」と言っていたが、ある程度は洩れている。それは多分女執事さんも分かっているのだろう。合言葉を言った時点でオレが何故来たのかを察したようだし、新宿のオレ達の界隈では結構有名になっているようだった。オレはレポート作成のために下宿用のマンションに缶詰めになっていた間中、そういう店ではウワサの種になっていたのはいつもの店の常連客の盛り上がりを見れば一目瞭然だ。
実際行ったことがある人もいるとフリーライターの島崎さんが言っていた。記者なんだから情報提供者に対する守秘義務があるのは当たり前で、その行って来た人からはもっと取材をしているに違いない。それでも島崎さんが「自分も行きたい」と言いうのだから、バーのウワサほどではないにしろ、「洋館の堕天使様」はかなり男好きのするタイプには違いない。
堕天使様の顔やスタイルは口外しても構わないということなら、「屋敷内で起こったこと」を口外しないでいて欲しいということかと理解する。秘密めいた約束だが、島崎さんも行ってみたいと思ったのだから「極上の体験」が出来る可能性の方が高い。それも性的な。
2番目なんかもまさにそうで、この洋館の中ではどんな情事をしても構わないということなのだろう。
中というのは屋敷の中だけなのか、煉瓦塀の中なのかは判然としないけど、それは堕天使様に直接聞けば良いわけで、見事なイングリッシュガーデンに誘ってみて、首を横に振れば止めた方が良いのだろう。「屋敷を出たら忘れろ」とも言っていたけど、要は具体的なことを島崎さんに報告しなければ済むことだ。島崎さんだってれっきとしたライターなのだから、行為を具体的に書く小説家とは違うのだから。
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