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第12話

ノックの後で「宜しゅうございますか」という女執事さんの声がした。 「はい。もちろんです」  重そうなドアが開かれて、オレの立ち姿とサンドイッチの皿を確かめるように見た後で、微かに微笑む。 「お待たせいたしました。準備が整いましたので、お荷物はこちらの部屋に置いたままで、わたくしの後に続いて下さいませ」  さあ、いよいよ「洋館の堕天使様」と会えるのだと思うと胸が高鳴った。 「こちらでございます。ごゆっくりお過ごしください」  応接室よりも更に重そうな扉をノックしながら女執事さんが告げる。この音の感じなら重厚な樫の木の一枚板で作られたものだろう。その表面には繊細で華奢な模様が刻まれている。 「深雪さま、今晩の方がお見えでございます」 「いつものように入らせてよ」  とても澄んだ声ながらも何だか疲れたような声が室内から漏れて来た。紛れもなく男性の声だが、クリスタルのシャンデリアを振ったらこんな綺麗な音が出そうな感じだ。 「畏まりました」  女執事さんからは見えているのだろうが、晶の方からは見えない角度で扉は開いている。  この声を聴けただけでも、この屋敷を訪れた価値はあるなと思った。それにサンドイッチもとても美味しかったし、上流階級――なのだろう、多分――の生活も垣間見ることは出来たし、洋館というよりお城とでも呼びたいくらいの家具調度や、螺旋状の大きな階段の踊り場はフルオーケストラこそ無理そうだが数人の演奏家が楽器を心置きなく動かせるくらいだった。その螺旋階段の上の廊下の一番奥に立った今、晶が立っている扉がある。 「では、あとはお任せいたします」  女執事さんが事務的に告げると何事もなかったかのように足早に廊下を歩んでいく。  「お任せ」されてしまっても、どうすれば良いのか全く分からない。  取りあえずさっきまで女執事さんの立っていた場所まで移動することにした。  「みゆき」というのが今夜の相手らしい。何事にも物怖じしない自信は持ち合わせているので廊下から室内を見た瞬間、応接間で見惚れていた肖像画のモデルと思しき青年の姿が目に焼き付くようだった。それも肖像画よりももっと綺麗で、そしてもっと妖しい眼差しの持ち主だった。スラリとした身体には純白の透けるシルク――だろう――しか身に着けていないのもハッキリと分かる。

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