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第43話

 手を繋いだまま立ち止まってしまった晶を見上げて、深雪が見る角度によっては茶色にも黒にも変わる大きな目を心配そうに見開いている。 「……気を悪くしたらゴメン。厳密に言うと深雪のせいじゃないのにさ。実はその通り……なんだ」  深雪が毎晩嫌々男を受け入れて来たのは知っている。それが「主人になるための通過儀礼」なのだから。男が好きでどうしようもなくて洋館に招き入れたのではない。後者なら自業自得という感じもするが。  深雪は何故か安堵めいた光を無垢な目に宿らせている。堕天使は神に愛されたゆえに堕天使にされてしまったとかいう話を聞いたことがある。その前は一番神のだか天使長だかに寵愛されていたとか。  深雪の今の表情は、堕天使にされる前の無垢で神聖な神様だか天使長だかの寵愛を一身に受けていた天使の表情だ。とても綺麗で純白の百合を持たせたら深雪以上に似合う人間はこの世には存在しないだろうなと思う。 「それなら大丈夫だよ。HIVキャリアかどうかの血液検査は毎日受けている。結果は幸いなところずっと陰性だ。晶も門のところで随分待たされたと思うけれど、あのカメラの向こうにはウチの専属――といっても、昼間はウチの経営する病院でHIV患者の治療に当たっている専門のお医者さん――が充分チェックしているんだ。エイズ発症者だけでなく感染者も9割方分かる人だよ。そういう人は門には入れない」  20分も待たされたのはそういう意味だったのか。9割方分かるといっても後の1割は分からないということだろう。先程よりは少し不安は解消されたが、深雪は2年間男にその身体を穢されてきた。その中には1割の男が混じっている可能性もある。  直接身体の中に挿りたいという欲望の方に天秤はかなり傾いたが、それでも一抹の不安は感じてしまう。 「それにね、朝必ず採血する習慣になっている。HIVは200年前にはなかった病気だろう?我が家にとっては大切な『儀式』だから変更は駄目なんだけれど、当主がそんな病気になったら大変だから、検査はキチンと受けているよ?」  深雪の涙の膜で潤んだ目が切なそうに揺れた。  深雪の華奢な背中を左手で強く抱き締めた。宥めるようにゆっくりと背筋を辿る。 「検査は一週間かかるのが普通だろう?深雪が良ければ……なんだけど、その結果が陰性って出たら、直接抱きに、いや、デートに来ても良いか?

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