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第52話
困惑した表情を見兼ねて晶が言うと、深雪は細い首を横に振った。
「晶って優しいんだね。恋人って隠し事は良くないと高校の時に聞いたことがあるし、それに僕が困っていたのは、我が家に江戸時代から続く通過儀礼と主人の証をどう説明したらいいのかが分からなくて」
深雪の口調は幾分硬い。どうすれば一番晶に分かって貰えるのかを考えているのだろう。
それにしても江戸時代から主人をこんな通過儀礼を無事に務めあげた人間だけが継ぐというのは一応社会学部の晶でも知らない風習だ。深雪の家は武士ではないことくらいは分かる。武士だったら長男が基本的に継ぐのだから。
「ゆっくりで構わないよ。夜は長いのだし。その上深雪の恋人としてこれからもずっと一緒に居られるのだろう?それに深雪が一番リラックス出来るのは?キスと手を繋ぐのもリラックス出来るだろうけれど」
深雪の吸い込まれるような大きな目に魅入られる。
「ん。キスも手を繋ぐのも晶が初めてで、実は少し緊張している。晶は僕の過去の全てを知った上で恋人にしてくれるのだろう?僕のこと……軽蔑したりしないかなと思ってしまって」
不安そうに茶色と黒の瞳が揺れている。
「絶対に軽蔑なんてしないさ。深雪が家のために殉じるように毎夜苦痛に耐えてきたんだろ?尊敬こそすれ軽蔑なんて絶対にしない。江戸時代からということは……家は大きなお店だったとか?」
深雪の細い指を絡め直す。深雪の強張った表情が少し和らいで晶よりも無垢な年下に見えるだろう。二年間も屋敷の中にいて違った男達の相手をさせられるだけの毎日だったらしいので世間知は晶の方がよほど上だろうし、情事も数こそ深雪の方が上だが、晶は普通の――相手が同性なのは別として――恋愛関係を結んできた。その違いだろう。
「……む……胸をゆっくりと触って欲しい。僕が一番落ち着くのはそれだから。でも、そこって男は感じない場所なのだろう?誰だったかは忘れたけど、そう嘲笑された。
でも僕の場合、そうされるのが一番落ち着くのも事実で……。一人の男にそうされた時とても安堵感が……」
深雪の大きな目が涙の雫を宿している。
何も言わずに、熟した野苺色のコリコリとした場所をゆっくりと辿った。
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