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第56話

 深雪の細い体には鳥肌が立っている。室温は快適に保たれているが、深雪は過去の不本意過ぎる体験を思い出したのだろう。最初会った時の気怠い雰囲気は、もしかしたら精神障害の前触れだったのかも知れない。 「まだ、話は終わってないし、抱く積もりもないけどさ、深雪はシーツにくるまった方が良い。それに裸の人間の体温や重みはとても気持ちが良いって知っていたか?」  胸の野苺から手を離して深雪の細い肩を抱いた。 「ううん、知らない。そんなことされたことがないもの。肩を抱かれたのも晶が初めてだよ?」  そうだろうなとは思っていた。深雪の堕天使の美貌とスラリとした肢体は男の征服欲をまずは煽るはずだ。それに「一晩きり」という限られた時間の中で省略されるのは些細なスキンシップや愛撫だろう。 「深雪は震えているだろう?話を聞き終わるまでは行為自体はしない。シーツにくるまって身体を温めた方が良い。だからさ、オレの服を脱がせて欲しい。気付いていると思うけどオレの服、雨で濡れているから」  深雪は優美な動きで晶の目を真っ直ぐに見てきた。 「先に浴室に行く?僕は濡れていないけれども、晶が寒いならその方が良いかもしれない」  深雪の白磁の額を指で弾いた。 「大丈夫。震えているのは深雪だけで、オレは全く寒くない。あ、シーツが濡れるのがマズいのか?それならシャワーを貸してもらうけど?」  シルクは手入れが面倒だと聞いた覚えがある。たた、客用寝室は真紅のシルクのはずで、毎晩のように情事の痕跡は残っていただろう。屋敷中が深雪の通過儀礼を黙認しつつ、儀礼が終わるのを待ち構えていただろうから、その手入れも仕事の内なのかもしれないが。 「晶が寒くないんだったら、脱がすよ。シーツのことは心配しないで大丈夫。ただ、僕は人の服を脱がせたことはないから下手過ぎるかも」  全裸の深雪が優雅な仕草で立ち上がった。紅く熟した野苺と、晶が出現させたという主人の証、そして先端から零れ落ちる雫までもが神々しさに溢れていた。 「深雪の顔も身体もとても綺麗だ。天使が本当に居たならこんな姿なのだろうな」  感嘆のため息混じりに深雪を見守った。ただ、深雪も自己申告していた通りシャツのボタンを外すのに四苦八苦している。情事の余韻で薄紅色に染まった白皙の額に汗まで浮かべている様子がとても健気だ。 「そんなことを言ってくれたのも晶だけだよ。晶は僕のボタンを器用に外してくれたけれども、僕には出来そうにない……」  深雪は天使長だかに叱られたようなとても悲しそうな表情を浮かべている。 「いいさ、初めてなのだから仕方ない。ボタンを外すのは今後の二人の恋人としての課題にしよう、な?ベッドにさ、上向きで横たわって、シーツを被ると良い。オレはその上から抱きしめるから」  深雪の泣きそうな顔は泣きそうな天使が慌てているといった感じだった。眼差しで促すと深雪の肢体は純白のシーツを被って横たわった。  手早く全裸になると、シーツごと深雪の肢体にゆっくりと覆いかぶさって背中に手を回して抱き締めた。  深雪は陶然とした表情で晶のなすがままになっている。 「本当だ……。とても、とても気持ちが良い。こういうことを恋人はしているんだね。  さっきの話しの続きだけど……」

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