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第61話
「そうか……」
ありきたりの慰めの言葉は却って無駄だと判断して、深雪の細い背中を強い力で抱き締めた。
汗を纏った深雪の背中を宥めるようにゆっくりと両手を動かす。深雪はとても綺麗な笑みを浮かべて晶の目を見上げている。ただ、涙の雫は音もなく流れ零れていたけれど。
「主人の……というか、家が栄えるこの『証』はどうしても僕の身体に必要なモノなのだけれど……、でも本当に現れるかどうかは実際のところ半信半疑だった……」
絡めていた深雪の視線が自らの下半身の方と落ちていく。その神秘的な瞳の魔力に魅入られたように晶も同じ場所に視線を当てた。
「ちゃんと有る。深雪の気のせいなんかじゃない。それはオレが保証する。深雪の白い肌に碧く咲く花みたいな綺麗な『主人の証』だよな……。とても神秘的で、そして綺麗な花びらだ。このベッドの上の金の家紋よりも、深雪の肌にひっそりと咲いているこっちの方がもっと華麗で深雪に相応しい」
深雪の瞳に誘われるように指で辿った。
「んっ……。ソコ……もっ……怖いくらいに……感じるっ」
白いシルクの上に横たわった深雪のしなやかな肢体が綺麗な弧を描く。寄せられた眉根が聖なる者と俗なる者との境目に位置しているのも、とても新鮮だった。
「深雪が選べばいい。
主人となった上で、もう一度、いや一度と言わず何度でも恋人に抱かれたいのか、それとも話を続けたいのかは」
晶としては前者の方を切実に望んでいたが、深雪は愛のない行為を二年間も続けてきた。「主人の証」を素肌に咲かせることだけを目的として。その結果がようやく実ったのだから、晶などには想像もつかないほど感無量なのだろう。
「晶に恋人として抱かれたいよ?それは確かなのだけれど、もう少し泣いても……おかしくないかな?」
長い睫毛に涙の雫を細かく散らせた深雪は、あどけなさの残る綺麗な瞳で晶の目を覗き込んだ。
二年間も屋敷に事実上、幽閉されて一夜限りの男に身を任せてきた過去を知ってはいるし情事の最中の深雪はとても奔放で熟れた痴態を晶の前でも余すところなく魅せてくれたが、深雪はまともな――というと一分語弊はあるが――恋愛経験もない無垢な一面が有るのもまた事実だ。
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