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第62話

「いや、恋人の話しを聞くのも重要なことだ。それにオレの胸で良ければいくらでも泣いて良いし」  高校時代の友達は主人としてのお披露目が終われば、大学で再会出来るだろうが――深雪はエスカレーター式の大学に籍を置いてはいるので友人も覚えているハズだ――ただ、この二年間のことはその友達には説明は不可能だろう。それに、晶も深雪が感動の涙まで流し続けている「主人の証」の話しは真実だろうと思うものの、以前の深雪の素肌を見ていないことも有って俄かには信じられないし、他の人間に話しても信じて貰えるかどうかは心許ないのも事実だ。「この場」に居合わせた人間でないと理解出来ないような気もする。 「有り難う……。実際この二年で心が折れそうになったことは何回だってある。特に手荒に肌を開かれた時とか、罵詈雑言を吐かれた時とかね……」  深雪は微かに震える素肌を晶の肌に密着させて、それでも健気に微笑もうとする。 「……誰だって、深雪の境遇に追い詰められればそうなるよ……。ただ、オレとしては二年間も良く頑張ったと褒めてやりたい気分だな。深雪はとても強い精神力の持ち主なのだと思う。それにさ、もう嫌なコトはしなくても良い『証』を手に入れたのだから、過去のことは全部水に流せば良い。『通過儀礼』を終えた人間は、生まれ変わったようなモノだろう?」  掌で深雪の小さな頭を撫でた。 「そう?晶がそう言ってくれると、とても安心する。そうだね、もう僕は昨日までの僕じゃない。死ぬ思いで手に入れた『主人の証』なのだもの」  出会った時の気怠い雰囲気は今の深雪には一切ない。深雪なりの煩悶の証だったのだろうと憐憫の情すらわいてくる。 「深雪は主人としてこの館に堂々と君臨出来るのだろう?えっとさ……」  この洋館には豪奢な富が集まっている感じだった。それに深雪は晶と同い年だ。成人したのかどうかという年齢なのに「主人の証」をそこまで思い詰めて手に入れる必要があったのかという疑問が出てくる。方法こそ変わってはいるが、旧家の仕来たりとしての「主人の証」が今でも世界各地に見られることは知識として知っている。ただ、深雪の家は充分に栄えている様子なのに、深雪が切羽詰まることはないような気はする。この豪華な屋敷を維持するのは年回りからいっても、深雪の父親の世代ではないだろうか?

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