36 / 80

第36話

「蒼くん、次これ歌って〜!」 きゃっきゃっと楽しそうな声が響く。 案の定歌わされて疲れた俺は オレンジジュースを飲んで束の間の休憩をしていたが 再びマイクを持たされた。 「もう勘弁して〜…」 女の子相手にキツく言うこともできず 俺はヘラヘラと笑いながら呟く。 その声はテンションの高い彼女達には聞こえない。 「蒼くん来てくれるって思わなかった〜」 「礼央くんありがとう〜!」 「いやいや〜」 お礼を言われた礼央は得意気にニヤニヤと笑う。 おい、鼻の下を伸ばしながら言うな。 さり気なくマイクを冬弥に渡して 俺はジュースの続きを飲むことにした。 冬弥は、最初こそ嫌な顔をしたものの、 そのまま歌ってくれる。 きゃっきゃっと、俺が歌うと喜んでくれる、 佐藤さんと横江さんは可愛い、と思う。 じゃあ、この二人で曲が書けるか? 何のイメージも湧いてこないから、無理だ。 richirichiさんのような、 甘くて軽くて、ふわふわしてわくわくするような そんな歌が書きたいんだ。 そのためには、 俺がそう感じる経験をしないといけない。 俺は経験したことしか書けないから。 感じたことは全部歌に変える。 けど、感じたことしか歌に出来ないんだ。 そんな自分の未熟さに悲しくなっていると 急に手元に違和感を感じた。 見ると、冬弥が俺の手を握っている。 は? 何してんの? ソファの上に置いている手に重ねられる形で 握られてるから 向こう側に座ってる礼央達には 見えづらいかもしれないけど。 部屋も暗いからバレないかもしれないけど。 だからって何で手を繋ぐんだ。 振り払おうとしても上手くいかず、 逆に指を絡められてますます逃げられなくなる。 結局、歌い終わるまで ずっと手を繋がれたままだった。

ともだちにシェアしよう!