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第61話

陽太の家は電車に乗って2駅のところだった。 今家誰もいないからー、と 陽太は無造作に靴を脱いで家の中へ案内してくれる。 「放送5時から30分でいい?」 「うん」 「じゃあ、告知しとくね〜」 陽太が携帯を触ってる間 キョロキョロと部屋の中を見渡す。 俺の部屋とは全然違う。 俺の部屋は、ピアノとパソコンが どーんと場所を取っていて、その他家具は全然無い。 あるのは本棚とベッドぐらいだ。 陽太の部屋は ごちゃごちゃと色々なものが置いてあって、 おもちゃ箱みたい。 「なんか気になるものでもあった?」 「あ…いや…」 ふと、部屋の隅に置いてあるギターが目に入る。 「陽太、ギター弾くの?」 「ん?あー、弾きたいなって思って買ったんだけど 結局弾けずじまいで終わっちゃった」 てへへ、と陽太は舌を出す。 「弾いてもいい?」 「いいよ」 せっかくだし、コラボした「恋色ベリー」でも弾こう。 音を鳴らし始めると 陽太はイントロですぐにわかったらしく 身体を揺らして歌い出した。 ああ、楽しい。 ピアノも好きだけど、ギターも好きだ。 陽太の声が耳に心地よくて指が弾む。 まるまる一曲弾き切ってしまった後に 「エレキはデリケートだからこまめに弾いてあげないと」 と呟いてギターを元あった場所に立てかけた。 「独学じゃ難しくて弾けないよ〜」 「俺、独学だよ」 「えっ」 陽太は目を丸くしたあと、はぁと息を吐く。 「蒼くんって器用なんだね〜…いつから曲作ってるの?」 「んーと…中学かな」 「すっごいなぁ…」 「すごくないよ」 俺はふるふると首を横に振る。 「みんなが学校行ってる間、 勉強もせずに曲作ってただけだから」 陽太はくるんと目を回す。 義務教育をまともに受けてない奴なんて 今時そういないから珍しいよな。 もともと小学生の時からピアノは習っていて 家には自分専用のピアノがあったし、 父さんのギターを適当にじゃかじゃか弾いたりして 毎日時間を過ごしていたから 学校に行かなくても退屈はしなかった。 家にいれば、音楽が自分を守ってくれた。 「中学、途中からほとんど行けなくて。 小学校5、6年頃から学校休むこと多くなって そこからずるずるって感じ」 そこまで話してハッとした。 陽太の表情が暗くなってる。 「あ、暗い話とかじゃなくて! 気持ち的になんとなく行けなかっただけだから! 今は普通に学校行ってるし」 いじめとか、反抗とか、そんなんじゃない。 母さんに言わせると 俺は「人より少しだけ感受性が強い」子だそうだ。 よく分からないけど 学校に行けなかったのは思春期だったから、 と自分の中で納得している。 「そうだったんだ… じゃあ、蒼くんは音楽に救われたんだね」 音楽に救われた…? ふと、病室の白い天井の映像が脳裏に流れた。 あの時俺は何してたんだっけ? その映像をかき消すように 俺は陽太に向かってふっと微笑んだ。 「そうかもしれない」

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