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第76話
俺は最初から真央さんを誘うつもりだったけど
切符を渡された時
母さんから「冬弥くんと行けば?」と言われた。
「何で?」
「何でって…仲良くしてるんじゃないの?」
「仲良い…」
仲良いっていうか、腐れ縁?
友達っていうか、いとこのお兄ちゃん的な?
「ほら、中学の時とかお世話になったじゃない。
学校行けなかった間」
「ん〜」
学校に行けなかった間
家が近いからという理由で
プリント類は全て冬弥が持ってきてくれた。
その度に「お前、早く学校来いよ」と
乱暴な優しさをぶつけられた。
それが結構嬉しかったりしたんだけど、冬弥には秘密。
あの頃はまだ、冬弥の考えてることが
不器用だけど伝わってきてたのに。
「俺、あいつが何考えてるかわかんねーもん」
「そうね〜、ちょっと寡黙だもんねぇあの子」
母さんはくすくす笑う。
「でも蒼のこと大好きよね」
「えぇ?」
「あんなにしょっちゅう家来てさぁ。付き合ってんの?」
「何言ってるの?」
「冗談、冗談」
母さんはあっはっはっと軽快に笑った。
冗談でも年頃の息子に言うことではないだろ。
冬弥にも失礼だし。
第一、冬弥はモテる。
俺なんかと付き合わなくても、選びたい放題のはずだ。
…選びたい放題のはずなんだよな。
じゃあ、なんで誰とも付き合わないんだ?
「随分熱心に見てるんだね」
真央さんの声がしてはっと気がついた。
考え事をしてただけだけど
ぼーっと立ってたから
真央さんから見たら
一つの作品を食い入るように見つめてるように
見えたかもしれない。
「ごめん」
「ん?いいよ。好きなだけ見たら」
「もう大丈夫」
「そう?」
「次のとこ行くか〜」と真央さんとうーんと伸びをした。
俺より少し背が高い、その後ろ姿を見る。
そっと目を瞑った。
音が聴こえる。
息ができる。
目を開くと
やはり真央さんの背中が目に入って
胸が擽ったくなった。
美術館の外に出ると
真央さんはふいにくるっと振り返った。
俺の顔をじっと見たあと、微笑む。
「歌ってる」
「えっ?!」
ばっと口を抑えた。
完全に無意識だった。
悠斗といた時と一緒。
最近、こういうことが増えた。
「それ、どういう時に歌ってるの?」
「どういう時?」
「えっと…どんな気持ちの時?」
少し考える。
「…楽しい時?」
「幼稚園児みたいだね」
「そんないつもいつも歌ってるわけじゃないから!」
「そう?よく歌ってるけど」
「それは、ま…」
言いかけて口をつぐんだ。
「?」
真央さんは首を傾げる。
「なんでもないっ」
俺はすたすたと歩いて真央さんを抜いた。
「蒼?」と真央さんが追いかけてくる。
真央さんといるから。
危うく言いかけた言葉を飲み込んだ。
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