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第3話
朝になり、僕は義理の弟であるニィーベの声で目が覚めた。
「兄さん…昨日はごめん」
「本当だよ!急にするなんて酷い!」
ニィーベはベッドの端のほうに座り、かけ布団の中で丸まっている僕に必死に謝っている。
僕も怒ってはいるものの、あのままの精神状態では寝ることもままならないほどの恐怖を感じていたのも事実でむしろ良かったと言えばよかったのかもしれない。
だからといって動けなくなるまですることはないと思う。
「兄さんごめんてば~」
ニィーベが甘えた様な声を出して布団の上に乗ってくるのが少し重く感じる。
「それで、結局何があったの?」
今思い出しましたと言う態度に凄く腹が立つが、僕は布団から顔を出すと満面の笑みのニィーベの顔が見えた。
まぁニィーベに襲われて抵抗出来なかった時点で僕の負けだし、もうニィーベ無しでは居られない身体にされているのも悔しいが事実だ。
「手紙が来たんだ…」
「手紙?」
「読んでみれば分かる」
ニィーベは急いでバスルームに脱ぎ散らした僕の洋服から手紙を持ってきた。
ギシッ
再びニィーベがベッドに腰かけるとベッドが軋む。
「このコルテス・デラフェンテって人誰?」
「俺の実の兄さんだよ」
「で、そのお兄さんから手紙が来て何が問題があるの?」
「お前には言ってなかったけど、兄さんは13年前に…」
「13年前に?」
「死んだはずなんだ」
その言葉にニィーベは意味が分からないのかもう一度手紙と僕とを交互に見る。
その間抜けな仕草に緊張が少しとけた。
「え?でも手紙が来てるじゃん」
「僕も兄さんが本当に死んだ姿を見たわけではないから夜中に墓地に確かめに行ったんだよ!」
「え?兄さん墓を掘り起こしたの?」
ニィーベは驚きすぎて兄さんの手紙を落としている。
手紙はひらひらと床に落ちていくのがみえる。
僕は軋む身体に鞭打って起き上がるとニィーベが落とした手紙を拾い上げる。
「ニィーベには話して無かったな…僕の実の母親が死んだ後、すぐに兄であるコルテスが出先で山賊に襲われて死んだと聞かされたよ」
僕はあの時の事をはっきりと覚えていた。
なかなか触れあうことは出来なかった母が死に、残された兄弟二人でどう生活していくのだろうという不安と、兄さんが僕を頼りにしてくれるのではないかと言う淡い期待感。
しかし、数日しないうちにその兄まで居なくなってしまった絶望間と虚無感。
短期間で色々な感情を知ったのだ。
「でも…棺桶は空だった」
「それって」
「兄さんは死んではなかったんだ。僕が嫌いだから家を捨てて出ていったんだ…」
僕は目頭が熱くなり、涙がボロボロと布団に吸い込まれていく。
「きっと何か理由があったんだよ。兄さん…」
「うっ、うぅ…」
僕はニィーベは凄く慌て僕の事を抱き締めてくれる。
僕は少し情緒が不安定なところがあり、急に涙が出たり叫びたい様な衝動にかられることがある。
そんな不安定な僕がニィーベは可愛いといってくれるが、義理でも兄の立場としては可愛いと言われるのは嬉しくない。
でも、そんなニィーベに何度も救われてきた。
だから酷いことをされても許してしまったのかもしれない。
もしコルテス兄さんが来ても、ニィーベが居れば真実を受けとめることができるかもしれない。
僕が掘りおこした兄さんの墓は、ニィーベが事が大きくなる前にとまた埋めてきてくれた。
「ありがとう。ニィーベ」
それから数日しないうちに懐かしい人が家を訪ねてきてくれた。
「まぁセレスティノ!久しぶりね。元気してたの?」
「はい。ブランカ夫人お久しぶりです」
玄関から義母の華やかな声が聞こえる。
懐かしい人の名前に僕は部屋から飛び出し、玄関に急いだ。
「セス!」
玄関には子供の頃唯一の味方だったセレスティノが居た。
僕がこのブランカ家に引き取られてからは一度も会っていなかった。
セスは昔と変わらないピシッとした執事服に優しげな眼差しで僕を見ている。
「エステラ様は随分と大きくなられましたね」
「そりゃそうよ。セレスティノったら何年経ったと思ってるのよ」
義母がおかしそうに話す。
「さぁセレスティノお茶を飲む時間はあるのでしょう?」
「いえ。今日はエステラ様に用があって来ましたので」
「あらそれは残念ね。また時間があるときにゆっくりいらしてね」
「えぇ。ありがとうございます」
義母は何かを察したのか屋敷の奥へと帰っていく。
気を使ってくれたのだろう。
「エステラ様お久しぶりです。手紙は読まれましたか?」
「あの手紙はセスだったのか…」
「えぇ。コルテス様も…」
バタバタッ
凄い慌てた様な足音の後に人影がドアから飛び出してくる。
「兄さん!」
「え?ニィーベ!?」
背中に衝撃を感じて振り返ると背中にはニィーベが張り付いていた。
しかもニィーベは僕をセスから守るように腹に腕を回し、相手を睨んでいるように感じる。
ニィーベは独占欲が強くて、こうやって僕が義理の両親以外と話したり会ったりすることを凄く嫌がる。
下手すると、出掛ける予定があっても夜に手酷く抱かれてしまい、出掛けられない様にされる事もあった。
まぁ、子供の頃の僕が居ない様に振る舞われ部屋から出ることを禁じられて居たのとは真逆だ。
しかし、ニィーベのその行動も嫉妬ゆえだと思うとなんだかそれも許せてしまう自分はやっぱり頭がおかしいのだろう。
「ニィーベ様はじめまして。私はセレスティノと申します」
「どうも…」
セスがニィーベに向かってお辞儀をするとニィーベも不本意そうではあるが一応、応対をしている。
しかし、僕の腹に回した手はそのままなのでまだまだ子供なんだな。
「セス。兄さんの墓、あれは一体どういうことなんだ」
「ご覧になられたのですね…しかし、まさか掘り起こすとはエステラ様は昔からお変わりございませんね」
セスがくすくすと笑うのに僕は場違いだが恥ずかしくて顔が熱くなる。
もっと子供の頃は何故部屋から出ては行けないのかと何度も部屋を滅茶苦茶にしたり、庭に出ては花を折ったり、庭の土を掘り起こしたりとメイド達を随分と困らせたものだ。
しかし、何をしても兄さんは僕を叱ることも諭すような事も一切無かった。
それが悲しく、何度やっても無駄なのだと言うことを知り僕は自分の中に閉じ籠るようになった。
そんないたずらばかりしていた時の事を言っているのだろう。
僕が困っていると僕を抱き締めている力がまた強くなる。
「それで…何故兄さんの名前で手紙なんか寄越したんだ?」
「墓を暴いたエステラ様ならもう気が付いていらっしゃっると思いますが…コルテス様は生きていらっしゃいます」
「だからこの屋敷には来なかったのか?」
「それもありますが、詳しい話はご本人からお聞きください。今からお連れいたしますのでご用意ください」
そう言われてしまえば、嫌とは言えなかった。
「俺も行く!」
「ちょっ!ニィーベ!」
「そうですね…コルテス様も久しぶりのお客様に喜ばれると思いますよ」
ニィーベは僕を更にぎゅっと抱き締めると自分も一緒に行きたいと言い出す。
僕が慌てていると、セスは何でも無いように楽しそうに同行を許可している。
ダメだ頭が痛くなってくる。
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