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第4話

セスの言葉に急いでメイドに着替えを手伝ってもらって着替えを終える。 家の前には馬車が用意されていて、家紋などは入っていない簡素なものだった。 僕達はその馬車に乗って郊外にある療養所にやって来た。 周りは緑に囲まれ街中とは違いやはり静かだった。 学院に通っていた頃、友人とは何度かここの近くの湖に来たことがあったが、療養所があるとは知らなかった。 とある部屋の前に来るとセスがピタリと足を止める。 コンコン 扉をノックすると、中からの返事を待たずに中に入っていく。 「セレスティノか?すまないがカーテンを閉めてくれないか。今日は少し日差しが強いみたいだ」 部屋の中からの聞こえてきた声は懐かしい兄の声だった。 その声に胸がぎゅぅっと締め付けられる。 「コルテス様。今日は珍しくお客様がいらしてますよ」 「客?わざわざお越しいただいてスミマセン。今日は調子が良いのでこちらにどうぞ」 セスがベッドに近付き、兄さんに声をかけている。 セスが身体をずらすと本当に13年ぶりのコルテス兄さんの姿が見えて、僕はその姿に思わず絶句してしまった。 「あの?」 兄さんは僕が話さない事に不思議そうに首をかしげている。 兄さんの目は昔と変わらず綺麗な茶色だったが、少し瞳が濁って見えた。 元々白かった肌は今は病的な白さで、身体なんかも細くて頼りない。 「はじめまして!貴方の義理の弟になりましたニィーベと申します!」 「え?」 僕が話さないので、見かねたニィーベがベッドに近付き兄さんの手をがっしりと掴んだ。 兄さんは何が起こったのか分からないようで、戸惑っている。 「兄さん…生きてたんだね」 「エステラ!」 僕の声を聞いた兄さんはニィーベに掴まれている手とは反対の腕をさ迷わせていた。 僕はそっとその腕を取ると両手で包み込むように握る。 あんなに嫌いだったはずの兄さんが今は小さく、頼り無さげに見えた。 「本当にエステラか?」 「うん。僕だよ」 兄さんは僕が今まで見たことの無いような花のほころぶような優しげな顔をして微笑んだ。 兄さんに嫌われていたと思っていた僕は意外な反応に驚いてしまう。 「呼んだのはセレスティノだね。わざわざすまない」 「兄さん…目が」 先ほどから気が付いていたが、兄の目は見えていない。 部屋に入ってきた僕たちが分からなかったのもさることながら、焦点がこちらに合っていないのだ。 一緒の屋敷に暮らして居た頃は確かに目は見えていたはずだ。 それに、老化で見えなくなるにはまだ早すぎるだろう。 「あぁ…遂に身体にガタが来たみたいだ。私にはもう時間があまりない」 「え…」 兄さんはなんでも無いような口調で言ってのけたが、僕はその内容が信じられず聞き返してしまう。 「私が何故死んだことにされたのか、何故私がお前を邪険に扱っていたかお前には知る権利がある」 兄は神妙な声で俺の手をぎゅっと握ってくれる。 しかし、その力もあまりないのか実際には少し震えていた。 「君も一緒に聞いてくれるか?」 「俺が聞いてもいいんですか?」 「あぁ…君にも聞く権利があるだろう」 兄さんはニィーベの方へ顔を傾けるとニィーベが握っている手を握り返している。 ニィーベは突然現れた義理の兄に対して珍しく緊張しているようだった。 「そうだな…何から話そうか」 セスに介助されベッドに上半身を起こした兄さんは本当に白くて儚げな印象で、改めて兄さんの言葉が現実なのだと感じてしまう。 「デラフェンテの家が何を生業にしていたか、エステラは知らなかったね」 「うん。あのいつも来ていた人が食べ物や必要な物を持ってきていたのしか…」 「そうだな。あの人は私たちのパトロン兼雇い主だった」 兄さんがこれから何を話すのかは分からないが、緊張しているのか自分の手をぎゅっと握りしめていた。 「雇い主?」 「我が家は“毒花”だ」 「毒花…」 「そう。毒花とは貴族達の食事の毒味や、雇い主の邪魔な相手を自らの毒で暗殺をする人間のことさ」 あまりにも衝撃的な内容のせいか話が全然頭に入ってこない。 しかし、ニィーベが横に来てくれて手を握っていてくれることがなんだか心強かった。 「毒花は子供の頃から少しずつ体内に毒を入れ、毒への耐性をつけていくんだ。だから屋敷の食事には手を出すなと言われていただろう?」 「そう言えば…」 子供の頃は兄さんや母さんが食べているものが羨ましかったがそんな理由で食べさせてもらえないとは夢にも思わなかった。 「でも、毒花の一族ならなぜ僕は毒花へならなくて良かったの?」 「それは…」 僕が質問すると兄さんは困ったように言葉をつまらせた。 兄さんは続きを話すべきか迷っているようで口を開いたかと思うと、また閉じるというのを数回繰り返す。 もしかして僕は聞いてはいけない事を聞いてしまったのかもしれないと青くなる。 「自分の子供には辛い事はさせたく無かった」 「え?子供?」 やけに兄さんの息を吸い込むのが大きく聞こえた。 一瞬何を言われたか分からなかったが、子供とは僕のことだろうか。 でも、兄さんとは10歳違いだから単純に考えても計算がおかしいことになる。 しかし、あの家には僕以外に子供は居なかったはずだ。 「それって…」 僕の声は知らず知らずのうちに震えて、身体も小刻みに震えてくるのをニィーベが肩を抱いて落ち着くようにしてくれる。 「そうだ。エステラは私の弟ではなく、息子だ」 兄さんからは少し俯いて大きなため息が漏れる。 少し長い前髪が白い頬に影を作っているのがとけも現実の物とは思えないほど綺麗な物にみえた。 「でも、エステラ兄さんがコルテス兄さんの息子だとしたら計算がおかしくない?10歳の時の子供って事になるよ」 「・・・」 「え…。本当に?」 ニィーベは動揺して話せない俺の代わりに兄さんに疑問をぶつけた。 返事は返ってこなかったが、しかしながらその沈黙は肯定であった。 流石のニィーベも驚いた様で俺の肩に乗っている手の力が強くなり痛いくらいだった。 「私達はあの男のいい玩具だった。彼女…エステラの母親は俺とは4歳違いのいとこだったんだ」 兄さんは大きくふぅとため息をつくと、クッションに深く背中を預けた。 ここまで話したら隠し事はしないといった風だ。 「私は社交界デビューの前で、私が10歳になった頃あの男の屋敷で客を招いてパーティーが開かれた。そこには当然私達は見世物として呼ばれたんだ」 兄さんは自分の手を更にぎゅっと握ると、白い肌が更に白くなり心配になってくる。 「パーティーも終盤に近付き、私達は服を脱ぐように言われた。子供で、しかもあの男より身分の低い私達に未来はないのは明白で、嫌々着ているものをすべて脱いだよ」 少し自嘲気味に笑って話される内容は聞くに耐えないようなことの連続だった。 二人は服を脱ぐように言われた後、パーティーに来ていた客の前でセックスするように言われたらしい。 勿論そんな無茶な要望にも逆らえる筈もなく、客に主導権を握られる形で行為に及んだらしい。 嘲笑われながら及ぶ行為に快感等よりも屈辱感が強く、苦しみ悔しさで泣く二人を見て楽しむと言う非人道的な行為だったそうだ。 「精通があった私と、月のものが来ていた彼女が行為に及べば当然ながら彼女は妊娠したよ」 僕は話の内容に僕は耐えきれなくなり、ニィーベに抱きついた。 ニィーベもそんな僕の背中を擦ってくれるので少しは落ち着いていられた。 「それから子供は死産したと報告して、どんどん腹の大きくなる彼女を隠すためにあの屋敷に数人の使用人を連れて本家を出た。お前が歩きはじめた頃はしょっちゅう来ていたあの男に見つかるんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」 兄さん…いや、父さんは僕の小さな頃を思い出したのかフフフと笑っている。 「あの男にお前の存在を知られる訳にはいかなかった。しかし、お前には辛い思いをさせたな…」 父さんが頭を下げた。 「そんな!兄さん…父さんは、僕の事が嫌いなんだと思っていたけどそんな理由があったなんて知らなかった。だから僕こそごめんなさい…」 僕はベットに更に乗り上げると父さんの身体をぎゅうっと抱き締めた。 父さんの身体は思いの外細くて胸が締め付けられる思いだった。 「彼女が事故にあったのは偶然ではないんだ」 「え…」 予想外の言葉に僕は父さんから身体を離した。 父さんはまた俯き、自分の肩に乗っている僕の手をとった。 「彼女がよくあの男に呼び出されていたのは知っているね」 「うん。そのあと、母さんはいつも寝込んでいた」 「私達の仕事が政府に感ずかれたと思ったあの男は、私達を始末しようとした。まずはじめに私達の両親を色々な方法で始末していった」 僕を心配したニィーベもベットに乗り上げ話を聞いている。 ベッドの軋む音に気が付いた父さんはにこりと微笑んだ。 「そして彼女の乗った馬車をわざと崖から落としたあと、私が賊に襲われたと偽り私を監禁した」 僕はその言葉に大きく息を飲んで、父さんの手を握った。

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