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第3話

 五十余年の人生で、岩城は女に困ったことは一度としてなかった。  しかし、女には疲れた、という思いが最近は殊更強くなっている。  岩城家は旧家の流れを汲む名門で、かなりの資産家でもあった。  幼いころから取り巻きは多く、どこへ行っても岩城はもてはやされた。  幸いなことに容姿にも恵まれ、岩城は初恋を知る前に女の味を知った。    女たちはいつも岩城を取り合い、岩城に気に入られようと飾り立てすり寄ってきたが、彼女たちの目当ては見目の良い岩城の外見であり、莫大な資産であり、贅沢な暮らしであった。  そんな岩城は、二十歳の年に結婚をした。見合い結婚だ。  二つ年上の妻は、岩城と寝るまで他の男とは交わったことがないと貞淑をアピールしてきたが、妻の元恋人が岩城との結婚に怒り狂い、彼女とのベッド上での生々しい性交の様子をおさめた写真を何枚も送り付けてきたため、結婚生活は三日で終わった。  岩城はべつに、相手に貞淑を求めたわけではない。岩城自身、きれいとは言えない体である。  しかし、ハメ撮りなんて下品な真似をする女(恋人の趣味かもしれなかったが、どちらにせよ同罪だ)は願い下げであった。  年齢を重ねても、老いよりも渋みが加わったと評価されることの多い外見のせいで、この歳になっても岩城にアプローチしてくる女は多い。  先日などは、まだ二十代の若い女が、岩城に誘いを断られたと逆恨みし、たまたま岩城と腕を組んで歩いていた女を刺そうとする刃傷沙汰が起こった。  ほとほと嫌気の差した岩城である。  そんな折、淫花廓の噂を聞きつけた。  男娼のみが所属するという、現代の遊郭。  女に飽きた御仁が熱心に通っているという噂も耳に挟み、興味半分で訪れた。  男を抱きたい、という思いがあったわけではない。  ただ単に、愚痴を聞いてもらって……。  女ではない生き物に、癒されたいと思っただけなのに……。  じゅぼじゅぼ、と熱心に陰茎をしゃぶるキクの、やわらかな手触りの髪を撫でながら、岩城はふぅとため息を吐いた。  彼氏に逃げられ借金を背負わされたというこの男娼の経緯に、少し同情を寄せた岩城だったが、キクは言葉での慰めは不要だと言って、いまこうして岩城のペニスへと奉仕しているのだった。  しかし……下手くそだ。  男娼なのに、下手くそだ。  岩城の男根は、自分で言うのもなんだが、大きい。年齢の割に硬くもなるし、勃起したときの反りも若々しいと思う。  けれど、(よだれ)をこぼしながらキクは熱心に舐めてくるのだが……下手すぎてペニスが中々反応しないのだった。  キクの口淫が下手な理由は明白だ。  しゃぶりながら彼は、自身の後孔を指でくちゅくちゅと弄っており、その自慰の方に夢中になって、口が疎かになっているのである。 「きみ……キク、キク、ちょっと待ちなさい」 「やっ……いややっ……早ぅこれで、キクの中を掻き混ぜてください……」  関西訛りのある言葉で、キクが岩城を乞う。  岩城は思わず苦笑いを浮かべた。  これまで岩城が抱いた女たちは、己がいかに岩城を悦ばせることができる存在であるかをアピールし、少しでも覚えをめでたくしようと躍起になっていたのだが……。  キクは一切の打算もなく、ただ岩城の牡を欲しているのだった。 「早ぅ、これ、硬くして……」  子猫のように幹の部分を舐めてくるキクの癖のない髪を、仄赤く色付いた耳に掛け、その顔が見えるようにする。肩の辺りまで伸びた彼の黒髪が、さらりと揺れた。    うつくしい、というよりは地味と表現したほうが良いような顔立ちのキクであるが、けれど目元を上気させ、隠し切れない快感に双眸を潤ませている様は、誰も振り向かない道端の花が実はものすごく可憐な形をしているのを発見したときのような……なんとも言えぬ感覚を岩城の中に呼び起こした。  自慰だけでこんな顔をするのならば……岩城の男根に貫かれたときには、一体どんな表情を見せてくれるのか……好奇心がむくむくと湧き上がってきて、それと同時に岩城の牡もゆるゆると芯を持ちだす。  亀頭部分に唾液を絡ませて舐め回していたキクが、大きくなった岩城のそれに目を輝かせた。 「旦那様……キクはもう、我慢できまへん……」  素直なキクの言葉に、岩城はくつくつと肩を揺らして笑った。   「いいよ。おいで」  子どもを招くように手を動かすと、キクが黒地に菊の花が散った着物を肩からするりと落として、白い裸体を晒した。    さすが男娼。きれいな体である。  拙いような愛撫とは裏腹の、キクの熟れた肉体に、岩城の欲望が思いの他刺激された。  女とはまったく違う体。  それが逆に良かった。    女にはうんざりとしていた岩城は、さほどの抵抗もなく、自分の腰を跨いで騎乗位になったキクの体に、熱い肉棒を埋め込んだのだった。        

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