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「神谷」
ふいに名前を呼ばれて振り返った。
振り向かずとも、その声音が誰のものかを察して自然と笑みが浮かぶ。
「――真壁」
ただ名前を呼ばれることが、どうしてこんなにも嬉しいのだろうか。
真正面から見る穏やかな笑顔は、中学の頃から何も変わっちゃいない。いつまでも変わらない、俺の――……。
「真壁?」
ふと、真壁からじわじわと脳髄を揺さぶるような香りが漂っていた。
色香を纏う――っていうんだろうか。とりあえず、フェロモン的なものがぶわりと。
そりゃあ、俺だって健全な19歳男子だ。人並の性欲はある。もちろん、中学からこれまで真壁を"そういう目"で見てきたし、何度もオカズにさせて頂いた。
だから、遠慮なしに色気を振り撒かれちゃたまったもんじゃない。
「何、どうし、」
どうした――そう告げようとした唇は、一瞬でからりと渇き、言葉が出なくなった。
目の前に居た。確かに目の前に居た筈の真壁は、たった一度のまばたきの間に遠ざかり、ひとりの男を抱いていた。
まるで貪るように唇を、舌を絡め合うふたりを、ただ見てることしかできずに立ち尽くした。
――真壁と、志摩。ふたりが付き合うようになったのは本人から聞いているし真壁の気持ちは以前から知っていた。だから、こいつらがイチャつこうが今更傷付いたりなんかしない。
……しない、と。思ってた。
なのに、ぼろりと涙が頬を伝って地に落ちていく。ああ、そうだ。真壁から醸し出ていたのは、志摩――男の志摩に抱いた情欲の想いだ。俺は、それにあてられただけだ。
自分がその対象になることなんてないのに、胸を高鳴らせるだなんて、馬鹿げているにも程がある。
視界がどんどん滲んでいく。同時に、ふたりの姿ははらはらと塵のように散っていく。もう、いいよ。見せつけなくて。お前らの関係を、どうこうしたいわけじゃないから――。
ぐっと唇を噛み締めた瞬間、ぐらりと脳が激しく揺れた。
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