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 佐野 郁斗(さのいくと)。  大学の同級生で、真壁や志摩とともによくつるんでいる奴のひとりだ。まさかこんな所で、こんな時間に合うだなんて――と、背筋に冷たいものが流れる。  ユウが居なくて良かった。ラブホから男2人で出てくるなんて、確信的すぎて誤魔化しようがない。俺がゲイであることは、真壁だけが知る事実だ。知られるわけには、いかない。  固まってしまった俺に焦れたのか、ホイールを擦り火を点けたそれをぐっと近付けてきた。 「お、おう。さんきゅ」 「ん」  じじ……と巻紙の焼ける匂いと、メンソールの香り。心の底から求めていたそれに、思わず息が漏れた。  俺と同じように隣に座り込み、煙草に火を点けた佐野はぷかぷかと輪っかの煙を吐き出しながら視線だけをこちらに向けてきた。 「で?」 「でって何」 「……昨日の」 「昨日?」  的を得ない佐野の物言いに、つい眉が吊りあがる。いつも行動はだらだらしつつも口だけは鋭いナイフみたいによく切れ、よく回る癖に、何なんだ今日。  次に回りくどい言い方をしたら無視してやろう、と大きく煙を肺に入れた。  その瞬間、「お前、男好きなの?」と問い掛けられ、噎せた。そらもう、見事に噎せた。 「ゲッホ、なん、んんっ、ゲホッ」 「おい、大丈夫か?」  咳の治まらない俺の背中を擦る佐野の表情は心配そのものなんだけど。何。見てたのか。見られてたのか。  視線で訴えかければ、受け止めた佐野はへらりと笑って俺の背中を擦る手はそのままに、口を開いた。 「いやな、昨夜ただならぬ雰囲気で男とラブホ入ってったからさー」 「げほっ!」 「でも神谷には好きな奴いるから彼氏とかではないだろうなーと思って。てことはただの尻軽かなーって」 「……」  ぴたりと咳は止まり、真正面から佐野を見据えた。  何だろう、どこからつっこんだらいいんだろう、こいつ。今すぐ目の前から消し去りたいんだけど。いや、この世から消し去りたいんだけど。  俺の視線など気にもならないのか俺の手から短くなった煙草を取り上げると、携帯灰皿に吸殻を入れ、次いで自分のも捻じ込んでいる。  口ではだいぶクズいこと言ってんのに喫煙マナーはしっかりしてるとか何そのめんどくせえギャップ。  睨みつける俺の視線を受け取る青みがかった黒い瞳が、先ほどの問いかけの答えを求めている。恐れていた嫌悪感よりも、好奇心に満ちた表情に少し胸の奥がもやっとする。  こいつ、思ってたよりクズいぞ。だいぶっていうかすんごいクズいぞ。

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