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「何すんだてめえ」
「聞き捨てならんことを聞いたもんでな」
座り込んだ俺を抱くように、ぴったりと佐野の胸が背中にくっついているせいで全然動けない。ドアノブを掴んでいた手も掴まれ、ずるりと落ちた。
「唇だけは真壁のために、とかサムイ理由で言ってんの?」
「ッ」
図星をさされ、一瞬でカッと身体が熱くなる。
誰にも気付かれていなかった自分の秘密をまたひとつ佐野の手で暴かれ、羞恥と絶望が脳内でごろごろと転げまわっている。
色んな意味で敏いのもいい加減にして欲しい。
「別に、てめえが初めてじゃねえし」
「うん。でもそんだけクッソ下手なのは経験ないからなんだろ?」
「……下手じゃ、ねえだろ」
「いや、むちゃくちゃ下手」
グサッて。心の奥で何かが刺さる音がした。
いや……確かに経験はあまりないが、そんなに下手か。そんなに何度も言うほど下手か。
真壁とどうこうなれるなど、思ったことは一度もない。だけど、なぜかここだけは許せなかった。何度も名前しか知らない男と寝てきたけれど、真壁を好きになってからはそいつらとキスだけは出来なかった。
恥じらいもなく簡単に身体は明け渡すのに、唇だけは――とかどこの少女漫画のヒロインだ。
「――頼む。黙っててくれ」
さすがにこれは恥ずかしい。成人間近の男がこんなこと考えていただなんて、恥ずかしすぎる。真壁を忘れられるまではこのままで、とも思っていたけれど知られてしまってはどうしようもない。
こいつが大人しく黙っててくれるとは思えないし、この際だから、佐野を殺して秘密ごと封じてしまいたい。忌々しいにも程がある。
唇をぎゅっと噛んで押し寄せてくる羞恥に耐えていると、佐野の指先がするりと頬を滑った。
気持ち悪いその手つきにゆっくりと顔を上げれば、そこには予想していた楽しそうな笑みではなく、真剣な眼差しで俺を見据える佐野が居た。なんだその顔気持ち悪い。
「ちょ、何」
「じっとしてろ」
するする、するする。指先は頬から目元、耳たぶへと移動していき、その裏を強く擦られた。
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