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「神谷」 「ひっ」  呼び掛けに振り返ると、佐野は胡散臭くなるほど爽やかな笑みを浮かべてことりと首を傾げた。 「楽しそうなことしてんね」と低い声音で吐き捨てて。  こいつの表情の違いはもう多重人格にしか思えない。絶対そうだ。  せっかく性格の良さそうな佐野になっていたのに! ぴゅあ佐野になっていたのに! あっという間にぶらっく佐野戻ってしまった。  散々出したんだ。これ以上は、快楽よりも痛みが増してしまう。何よりもう身体きついから嫌だ。  ベッドに乗り上げてじりじりと迫ってくる佐野を押し退けていると、右腕のキスマークが視界に映った。  こんな所まで……という呆れと、ひとつの疑問が首を擡げる。  引こうとしない佐野の手が俺の右手を掴み、がぶりと指先を噛まれた。 「俺のこと好きなの?」  咄嗟に口をついて出た言葉に、誰より俺がびっくりした。   「……は?」 「ちが、いやちがう、そうじゃない」  飲み込むはずだった言葉は、指先を噛まれたのがスイッチのように躊躇いなく口から飛び出てしまった。  言い逃れできない距離と、無駄に滑舌良く言ったせいで誤魔化しようがない。  自意識過剰もいいとこだろ。  じっと見据えてくる佐野の視線に羞恥心は煽りに煽られ、もう今すぐ消えてしまいたい。 「あ、火!」 「へっ?」  叫ぶなりベッドから飛び降りてドタバタを寝室を出ていったかと思えば、焦げ臭さと小さな悲鳴が届いた。  た、助かった……。  いつまでも素っ裸で居るから変な雰囲気になるんだ。  こくりと頷いて、人生最速とも言える速さで着替えを済ませて何食わぬ顔でキッチンへと向かう。もちろん、使用済みのパンツはゴミ箱へ押し込んで。

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