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「ごっそーさん」
食前食後の挨拶はしっかりと。
実の母親よりもずっと厳しい躾をしてくれた真壁のおかげで、その辺はきちんとできるんだ。たとえ、相手がいけすかない佐野であっても。
流しへと食器を持っていき、水を溜める。こうして水につけておけば後で洗い物がしやすいんだってことも、真壁が教えてくれた。まじでおかんかよあいつ。
夕飯をご馳走になったんだから、洗い物くらい――と気を利かせ、佐野が食い終わるのを急かした。女子でもあるまいし、いつまでモグモグやってんだか。
「うおっ」
「……」
「な、何だよ無言で近寄んなよ」
いつの間にか背後に立っていた佐野は深い青の瞳で俺を見下ろしている。無言で、そのうえ無表情なもんだからすごく怖い。
何――そう言おうとした唇は佐野に塞がれ、身体はシンクに押し付けられた。
ガタン、と大きな音を立てて、体重を支えきれなかった手がシンクに落ち、勢い良く流れ続ける水が腕を濡らしていく。
――佐野?
呼び掛けは佐野の咥内に飲み込まれ、言葉にならない。
薄く開いた俺の唇を割り、熱い舌が歯列をなぞっては上顎を刺激してきた。やめろと舌を噛んでみれば、その倍以上の刺激が襲い来る。
服を引っ張って引き剥がそうとしても、佐野は腰に回した手を離そうとはしない。
だけど、俺の瞳にはしっかりと映っている。
辛そうに、苦しそうに、固く目を閉じた佐野の姿が。
「さの、どした」
繰り返されてきた悪戯ではないと、確信した。
また、意図せず地雷を踏みぬいてしまったのだろうか。だけど、今朝怒らせた時よりも明らかに違う様子に戸惑いしかない。
縋るように抱きしめてくる佐野の背中をぽんぽんと宥めると、唸るような声が届いた。
「……って、ないのかよ」
「あん? 聞こえねえよしゃきっと喋れ」
「……。怒って、ないのかよ」
今更すぎる問い掛けをして、佐野は俺の肩口に顔を埋めてしまった。まるで、答えなんか聞きたくないとでも言いたげに。
怒ってないと言えば嘘になるけど、逃げようと思えば、逃げれた筈だ。
それをしなかったのは、俺の中に"人に甘えたい欲"があったからだと思う。強制的ではあったけど、ほぼ同意の上だった。
互いに快楽を堪能した。今更、行為のことで佐野を責めるつもりはない。
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