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 ぶるんっと首を横に振ってそれを示すと、佐野は身体を起こして俺の顔を覗きこんできた。  いつになく自信なさげに下がりきった眉が、情けないことこの上ない。 「お前、馬鹿だろ」 「なんでだよ」 「だって、」  うろうろと彷徨う視線が俺の目で止まり、くしゃりと歪んだ。 「俺みたいな奴に、優しくすんなよ」  馬鹿、ともう一度言われたけれど不思議と気にはならなかった。  目の前の佐野には、今までの毒気が一切ない。どちらが本当の佐野なのかなんて、判りはしないけれど。  なんだか、ほっとけなかったんだ。    ザーザーと流れっぱなしになっていた水が止まり、ふっと重みが無くなった。 「わり、」  ぽんぽんと撫でて続けていた手を取られ、そっと身体が離れる。そのままタオルを持つと肘辺りまでびしょぬれになってしまった手を拭ってくれた。  やけにおとなしくて、正直気味が悪い。  だけどやっぱり佐野の表情が気になって悪態が吐けない。 「……俺の親、さ」 「うん」  俺の腕を拭きながら、佐野はぐるりと部屋を見渡した。  整理され過ぎてて、無駄に綺麗で――だけど、生活感が全くない部屋。  つられて佐野の後を追いかけるように部屋の中を見渡していたら、ふとひとつの写真立てに視線が縫いとめられた。  一見普通の写真立て。だけど、そこに映る人物を見て俺は目を丸くした。 「これ、佐野?」 「……ああ」  金髪のかっちょいいおっちゃんと黒髪スレンダー美女の間に、ちょこんと小さな男の子が挟まれている。  男の子は金髪おっちゃん似の明るい髪にくっきりはっきりした顔立ちをしている。 「じゃあこれ、お前の父ちゃんと母ちゃん?」 「えっ」 「何だよ。そうなんだろ?」  妙な声を上げた佐野を無視して写真立てを手に取ると、まじまじと見つめた。  近くで見れば見るほど、金髪ダンディにそっくりな佐野(小)は瞳の色まで同じだった。でも、痩せ型の体系だとかぐっと伸びた姿勢なんかは黒髪スレンダー美女に似ているから、どう見ても親子なんだけど。  佐野はうろうろと視線を動かすばかりでまた答えようとしない。 「お前の親めちゃくちゃかっこいいなー! この写真だって映画のポスターみてー! かっけー!!」 「……」   返事なし。  舌打ちを挟みつつ睨みつければ、随分と虚ろな視線で写真立てを眺めている。  いや、視線は写真立てに向いてはいるけれど、それよりももっと遠くを見ているようで。あまりの空虚さに、背筋がゾワリとした。 「佐野? まじでどうした?」 「……」  はく、と躊躇いがちに口を開いては深呼吸。それを数回繰り返して、佐野は言った。 「この写真以来、両親には会っていない」と。

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