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 クズい発言ばかりで、腹が立つことは数え切れないほどあった。  だけど、傷の手当てをしてくれる優しい手付きも、縋るようにきつく抱き締めてきた腕も、紛れもなく佐野で。  本当のあいつがどれなのか、わからなくなる。 「……」  アプリを開いて、メッセージを返そうとしても指が滑るだけで何も打てない。  あいつの過去を知ったって、俺には何の関係もない。  わかっているのに、胸が苦しい。  俯く佐野の顔が、忘れられない。 「うおっ」  また、スマホが震えた。  びっくりして取り落としそうになりながらも画面を見れば、【馬鹿佐野】の表示。返事が待てないのかお前は。 「……なに」 『深い意味はねえからな』 「は?」 『だから、今のメッセージ』  送ってきておいて何を言っているのか。  呆れ混じりの溜息も漏らせば、スピーカーからは息を飲む気配と一緒にしどろもどろになりながらあわあわ言う声が聞こえてくる。  何テンぱってんだこいつ。 『深い意味っつうかあれだよ、送り間違いだようっせぇんだよばーか!』  ブチッ! と勢いよく通話は途切れ、ツー、ツーと無機質な音が響く。  俺、何も言ってない。  暗くなってしまった画面を眺め、吹き出した。  なんだ、あれ。ただの照れ隠しかよ。  わかりにくい佐野の反応に笑いが止まらず、震える手でやっと送り返せたのは「ばーか」の文字だけ。  それ以降、スマホはうんともすんとも言わなくなったけど、なぜか苦しかった胸は少し楽になっていた。

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