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 完璧な女の子・真壁麻広を演じながらも、その表情には少しの呆れが見える。  たぶん、佐野を紹介してくれと言われたのは一度や二度じゃないんだろう。  今が件の居酒屋なら、ジョッキを一気に煽って「ふざっけんなっつうの」と唸っているだろうなと察する。 「変にネットとかで知名度が上がってるから、彼と付き合えた子は勝ち組って言われるようになってるみたいで……」 「勝ち組……」 「馬鹿馬鹿しいよね」  我先にと佐野の番号を聞き出そうとしている女の子たちを思い出して、ゾッとした。  あいつと付き合ったからって、自分の価値なんて変わらないのに。  それを、あいつは女の子たちの機嫌を損なわないようにとへらへら笑って律儀に対応していたのか。  ひとつ息を落として歩き出した麻広ちゃんの小さな背を追いかけ、開け放たれた資料室に荷物を置いた。 「でもどうして急に佐野くんの話?」 「あ、いや、俺、昨日まで知らなかったんだよ。あいつの親のこと」 「そうなの!?」 「う、うん……」  目を見開いて驚きながらも、麻広ちゃんは「あ」と呟き手をぽんと叩いて頷いた。   「ゆうちゃん、芸能人は興味無いもんね」 「失敬な。ちょっとは知ってるよ」  くすくすと笑う麻広ちゃんは、俺と佐野の関係なんて気付いていない。  ほっとすると同時に、罪悪感が首をもたげる。  ――いつも真剣に俺のことを思ってくれてる彼女に黙ってていいのか? と。  だけど、ヤることはヤったけど佐野と付き合うようになったわけじゃない。わざわざセックスしたよ報告なんてしなくてもいいだろ、とやけに冷静な自分がつっこんできた。  うん、報告されても困るだろ。男友達の性事情なんか。  大学の事務員で、佐野とは何の関わりもない麻広ちゃんでさえ知っていた、あいつの家庭の事情とあいつを取り巻く環境。  それは、俺が思うよりずっと複雑で、冷たくて。悲しいものなのかもしれない。

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