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「……はっ?」  次の講義まであと一時間近くある。  だけど先回りしてやれと教室までやってきたと同時に、急に視界が揺らいだ。  そんで、数回のまばたきを繰り返してやっとこの目に映ったのは、どアップの佐野の顔。  壁と佐野に挟まれた俺の顔のすぐ横に手を押し当て、何の感情もない表情の中、目だけは鋭く見下ろしている。  壁ドンかよ!!! とつっこみたいのにそうしてはいけない雰囲気が佐野から漂っている。  そろりと辺りを窺えば、どうやら教室の隣にある準備室に連れ込まれたようで若干の埃っぽさに顔をしかめた。 「何、っ」  すぐさま顎を掴まれ、視線を逸らせないようにさせられる。昨日の犬っころみたいな佐野はどこに行ったんだろうか。幻だったんだろうか。  少なくとも今俺の目の前に居るのは甘えたがりな佐野でも、情けない面で耐え忍ぶ佐野でもなく、俺様な佐野だ。キングオブ佐野。    一番面倒くさいやつ。  眉を寄せて呆れを露わに佐野を見上げれば、かぷりと唇を噛まれた。    やめろと顔を背けようとしても、顎を掴む手が許してくれない。  あむあむと甘噛みされ、じれったさともどかしさで壁に押し付けられた背が僅かに反った。  その瞬間、佐野の青い瞳がゆらりと妖しく光ったのは、たぶん気のせいじゃない。  いつ、誰が来るかもわからないこんな場所で好き勝手されて堪るか。 「ッ、」 「……」 「ッ、ッ」  口を塞がれたまま佐野の手を掴んで顎から引き剥がそうとしても、くそ馬鹿力のせいで全然動かない。だったら脛でも蹴ってやろうと足を動かせばひょいと避けられた。  動きに対して充分な呼吸が出来ていないせいで、どんどん息が荒くなっていく。  目を開いているから俺の状況がわかっているくせに、佐野はぬるりと舌をねじ込んできやがった。 「ン、ぅ……は、」  違う。喘ぎじゃない。苦しいだけなんだ。決して喘いでるわけじゃない。  俺の口から漏れ出る声に気をよくしたのか、にこにこと笑いながら逃げ惑う俺の舌を追いかけ、絡め取って、時折強く噛んできた。

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