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ただされるがままになって、壁に押し付けられた背がずるずると落ちていく。
その間も、佐野は塞いだ口をそのままに尻餅をつく寸前に抱きとめてきた。
……その優しさ、別のところで使ってくんねえかな。マジで。
口の端からは飲み込みきれなかったどちらのものかもわからない唾液が伝い、かなり不快なんだけど。
それでも佐野は、嫌な顔ひとつせずその手で拭ってくれた。
「何、急に」
「……」
問い掛けに、答える気配はない。
だけど、背を抱く腕の力が、少しだけ強くなった気がする。
どんな顔をしているのか――その手はやたらと優しくて、酸素の足りなくてくらくらする頭はただただ混乱した。
「……れ、れ」
「れれ?」
「……」
「いてっ」
やっと答えたと思ったら小さすぎて聞こえない。
素直に聞き返せば、ごすりと背中を殴られた。理不尽すぎる。
「なーにが言いてぇの、お前」
「……」
佐野の服を背中からくんと引っ張って顔を覗き込めば、眉は下がりきってるわ口は尖らせているわの見事な拗ね顔で吹いてしまった。
また背中を殴られるけど、痛みはないからそのまま流し、より一層顔を近付けた。鼻先が触れ合う寸前。キスでもしそうな位置で止めると、佐野は目を逸らして息を漏らした。
「……あれ、誰」と、口早に告げて。
もしかしたら、佐野は押しに弱いのかもしれない。
突然落ちてきた返答は右から左に流れていき、至極どうでもいいことが頭を過ぎる。
だいたい、俺が強く出たときはぐうと息を飲んで大人しくやりこまれているし。ああ、もし次好き勝手やられそうになったらぐいぐいやり返せばいいのか。我ながら名案過ぎる。
「おい、答えたのに無視かよ」
「あ、悪い聞いてなかった」
「きいて、ないって」
「うん。もう1回言ってみ」
佐野の鼻に自分の鼻をちょんとくっつけて言えば、ぐうっと息を飲んで黙り込んだ。思った通りだウケる。
「……。だから、あれ、誰だよ」
「あれてどれよ」
「……あれは、あれだろうが」
くそが、と吐き捨て佐野は俺を引き剥がして立ち上がった。
……あれ、とは。
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