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舌打ちをしながら室内をぐるぐる歩き回る佐野はまるで犬みたいだった。落ち着きがない。余裕もない。ついでにあるはずのない尻尾が情けなく垂れ下がっているのが見える。気がする。
ビタッと足を止めた佐野は、視線をうろうろとさ迷わせながら煙草を取り出した。
いやいやいや、させねえよ!?
「何考えてんだこんなとこで」
「煙草でも吸ってねえとやってらんねえ」
「馬鹿たれ。こんなとこで吸う奴があるか」
煙草とライターを取り上げ、後ろ手に隠すとじとりと睨まれた。
いや、お前が悪いんだし。
そう零すと、佐野は背を向けて俯いてしまった。
何だろうこいつ。すんげえ面倒くさい。
「……さっきの。女。随分と親しそうにしてたけどお前、女もいけたのかよもう真壁はいいのかよあーあ! お前の真壁への気持ちはその程度だったんだなー!!」
「は?」
「一途と思ってたのに。馬鹿みてえ」
「……はあ?」
ほんと馬鹿だよお前。
笑いたい気持ちを堪えようとしたら、逆に軽く吹き出してしまった。
その瞬間、目の前の細いけど大きな背中がびくりと跳ねてそろそろと顔をこっちに向けてきた。
――顔、赤い。
「ぶはっ何だその顔! くっそ間抜け!!」
もう我慢なんぞ出来るか。
大声でげらげらと笑うと、佐野が大きな手で顔面を掴んできた。
アイアン・クローっておま、ちょ。
「痛い痛いいてててて!!」
「笑うな」
「わかったわかった、いててわかったから離せって!」
渾身の力を篭めて締め付けられて頭がパーンと弾け飛びそうな痛みに全身を使って暴れた。
こいつマジで容赦ねえ。
漸く開放はされたものの締め付けられていた頭は痛いし、目からは涙が出てくるし、こんな理不尽ほんとない。
「……あれ、真壁の従姉妹だよ馬鹿」
「いとこ」
「そ。ガキの頃からの知り合いで、今はここの事務員してんの」
ちょっとは手加減しろ馬鹿、と続けて痛みを訴えかけるこめかみをすりすりと撫でる。
まだじんじん痛むとか、どんな力で締め上げてやがったのか。
じとりと睨みつければ目と鼻の穴と口と、顔中の穴という穴をかっ開いて呆然と立ち尽くしている。
あれだけ真壁と似てるんだから見りゃわかるだろうに。何を驚いているのか。
「じゃあ、何の関係も、」
「あって堪るか。どんだけ麻広ちゃんが可愛くても恋人としてお迎えするのは無理だ。……知ってんだろうが」
「あ、そう」
「っ!」
まさか、こいつ。
突然脳内に舞い降りたひとつの仮定にぞわりと恐ろしさを抱いた。
「麻広ちゃんには手ぇ出すなよ!?」
「は?」
「確かに麻広ちゃんは可愛い。すごくすごくいい子だし、手を出したくなる気持ちは良くわかる。だけどお前は駄目だ。認めねえ」
「……」
盛大に大きな溜息を吐くと、佐野は俺の言葉に答えないままどかどかとドアに向かっていく。
「おい、佐野、」
「お前、鈍すぎ。腹立つ」
「はっ?」
ドアノブを掴んで悪態を吐くと、舌打ちをして出て行ってしまった。
それも、どれだけ乱暴にしたのかバァン! と大きな音を立ててドアを閉めて。
「……鈍いって、何がだよ……」
気遣い屋さんの神谷くんを捕まえて鈍いとは。これ如何に。
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