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 碌に話をしないまま別々に風呂に入り、別々の布団に寝て(俺はベッド、佐野はソファ)。  起きてみれば、佐野の姿は部屋のどこにもなかった。  昨夜の様子からすると、もうちょい甘い時間というかじっくり話をする時間があっても良かったんじゃないか。  最後に見た微妙な顔の佐野を思い出しながらベッドを降り、リビングに向かう。しんと静まったそこにもやっぱり佐野の気配はない。 『鍵は持ってていい』  文字までくそ無愛想な野郎だこんちきしょう。  可愛いと思ったのは幻だったのかな。  時刻は午前10時。時間的に早くはないが、講義がない今日はゆっくりしていてもいいはずなのに。どこ行ったんだろう。   「……帰ろっかな」  このままここに居たって何にもならない。  夕方からバイトだし。   「……」 『俺な、ずっと神谷のこと好きだったんだ』  ……初めてだったんだぞ。  あんな風に、真剣に告白されたのなんて。  あいつの綺麗な青い目はまっすぐで、冷たい色をしてるくせに「好きだ」って言ってるみたいに熱くて。  身体をなぞる手が、触れる肌が、身体中に落ちてくる唇が、心地よくて。  気持ちにこたえたくなったって、仕方ないじゃないか。  なのに、いざ勇気を出して歩み寄ろうとしたらこれだ。本当にあいつ、俺のこと好きなのかな。  また、からかわれただけじゃないのかな。  がらんとしたどこか寒々しい部屋にひとりで居ると、どうも負の感情が押し寄せてくる。  ソファに腰を下ろしてうなだれたと同時に、佐野の言葉が蘇る。 『……神谷を好きだって気持ちだけは、本当だから。疑わないで欲しい』  あいつにしては情けなくて、自信のなさげな言葉。  確かにあの瞬間、俺はあいつに絆された。  胸が痛いくらいに疼き、あいつが欲しいと心から思った。  そんな自分に疑問を抱きはしたけど、欲に負けてすべて吹っ飛んでしまった。  だからこそ、冷静な頭で顔を見て話がしたかったのに。  あいつは逃げるように顔を背けてばかりで、起きてみればこうだ。  佐野の気持ちを疑いたくないけど、疑わせてるのはあっちだ。

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