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「――……」
エレベーターを待つ時間さえも惜しく、階段を駆け下りたら息が荒れた。
エントランスホールを出て、ぜえぜえと乱れた呼吸を整えながら辺りを見渡して大きく息を吸い込んだ。
目の前には休日の朝の風景が広がっている。
小さな公園で遊ぶ子どもとお母さんたちに散歩をするおばあちゃんとおじいちゃん。それに、ちらほらと車や自転車が行き交うのが見えた。
うん、最高のシチュエーション。
「おいこら佐野ぉ!! 出て来いこのくそ野郎!!!」
その朗らかな雰囲気をぶち壊したのは、俺の怒鳴り声。
奴をおびき出すまで叫び続ける所存で何度も何度も名前を呼んだ。
佐野は、絶対近くに居るという確信があったから。
小さな子どもが指を差して首を傾けるのが判った。同時に、お母さんがその子の視界から俺を隠したのも。
そりゃあ恥ずかしいし、何より佐野が出てくるより先に警察を呼ばれそうだけど。
だけど、そんなことより今すぐに佐野の顔が見たかった。
むちゃくちゃだって怒られたっていい。ドン引きされたって構わない。
「佐野!! いんだろ!!!」
必死すぎて声が裏返った。
いつ鳴ってもいいように握り締めていたスマホはうんともすんとも言わず、しんと静まり返っているし。
もうやだ恥ずかしいしぬ。
何か知らないけどギャラリー増えてきたし。パフォーマンスじゃねえんだって!! あと不審者じゃないから本当に通報だけはしないで!!
大声を出しすぎて噎せしまい、膝に手をついてげほごほと咳を繰り返してたら「頑張れ兄ちゃん」との声援が届いた。はずかしぬ。ほんとしぬ。
「……お騒がせしました」
「っ、!」
急に頭をぐっと押さえ込まれ、下を向いたままの視界に佐野のスニーカーが映った。
ナイキの、アメリカ限定のモデル。くっそかっこいい。
「はずかしぬ」
「自業自得だろ、ばか。俺も恥ずかしい」
泣きそうになりそうになったから鼻を思い切り摘んでぶんぶんと頭を振った。
その反動で、頭の上に置かれたままの佐野の手が俺の髪をわしゃわしゃと撫でる形になったけど、もう髪がどうなろうと構いはしなかった。
勢いよく顔を上げて集まった見ず知らずのギャラリーの皆さんに改めて謝罪をして、逃げた。全力で、走って逃げた。
「置いていくなよ!!」と後ろから怒鳴り声が聞こえてきたけど、俺は笑いながら走った。
やっぱり、近くに居た。そんで、来てくれた。それが、嬉しくて。
追いついた佐野に羽交い絞めにされながら、ひーひーと笑いながら佐野のマンションへと向かった。
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