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 そっと伸ばされた手は俺の腹の辺りで組まれ、抱き締められているのだと自覚したと同時に佐野の足元が視界に入った。 「……靴。片方履いたままだぞ」 「脱ぐ時間が惜しい」  履いたままのナイキをその場で脱ぎ捨て、一層強く抱きしめられた。  その苦しさに、行儀が悪いと叱りつけようとした言葉は咥内に押し留まる。  鼻先を肩に押し付けられ、佐野のぬくもりが直に伝わってくる。  ドクドクと煩い鼓動は、いったいどちらのものなんだろうか。 「本気で、言ってんの」 「好きな気持ちを疑うなって言ったの誰だよ」 「ぐう」  何度目かわからない佐野の喉を叫びを耳にして、自分でも驚くほど穏やかな笑みが零れた。  背中を佐野の胸板に預け、こてんと頭を倒して目を閉じる。  目を閉じると余計に近くに感じる。熱いくらいの熱も、このまま破裂してしまいそうなくらいに早い鼓動も。 「……いやお前心臓の音やばくね? 病気? 大丈夫?」 「うるっせえこっち見んな」  両想いの相手に言う言葉!?  ひどい言葉とは裏腹に、ぎゅうううっと痛いくらいに抱き寄せられているせいで振り向くことも出来ない。  心臓がドックンドックンバックンバックン言ってる佐野の心臓は明らかにやばいんだけど。  なのに、ぐりぐりと肩に額をぐりぐりと押し付けては大げさな溜息を吐いている。 「……佐野?」 「……」  たっぷりの沈黙を味わって、佐野は一度だけ息を飲んだ。  静かな部屋に落ちたコクリ、という音は俺にまで緊張を伝染させていく。 「信じらんねえんだよ。お前が、ここに居るの」 「強引に連れ込んだのに?」 「うっせぇ」  そういう意味じゃない、と続けた佐野はぐるんっと俺を反転させて真正面から見据えてきた。 「最初の飲み会で、人垣作ってる俺に見向きもしないでガツガツ飯食ってる色気も可愛げの欠片もないお前に惚れたとか……誰にも言えねえよ」 「言ってるし。本人に言ってるし」  視線が合うなり項垂れた佐野は失礼なことを言いながらちゅっとキスしてきた。  貶すのかデレるのかどっちかにして欲しい。温度差で風邪引きそう。

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