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第2幕
「お前どうすんだよ。アレすっげー怒ってたよ」
「ぶははは。怒ってたねー」
俺達は脳天に一発ずつゲンコツを喰らって教室を追い出された。予定は早まったが並んで部室に向かう。俺達二人は文芸部で、これでも俺は副部長だ。別名読書部。とにかく本と笑いが好きな人間の集まりで、好みはバラバラだけど居心地がいい。
「あー良い天気ー」
渡り廊下に差し掛かった時、窓の外を見ながら瓜生が呟いた。俺も足を止めて外を見る。梅雨の中休みで久しぶりのいい天気だ。窓を開けると思ったより爽やかな風が流れてくる。髪が風に揺れるのを感じていると、ポケットに手を突っ込んだ瓜生が少し屈んで俺を覗き込んでくる。瓜生の明るい栗色で長い前髪も揺れていた。
「見物料は千円だよ」
「んー。それで見放題なら安いっすね」
「月額じゃねえよ都度払いだ」
「先輩──」
瓜生の手がポケットから引き抜かれた。見る間に長い腕が俺に伸び、ぐいっと瓜生に引き寄せられる。強い力の割にぶつかった衝撃はポフっとしてる。たぶんワイシャツ代わりに瓜生の着てるフード付きのトレーナーのせいだ。
「好きだよ。このままどっか行っちゃおう」
口説いてるみたいな甘ったるい声に、俺は抗うでもなく両腕を背中に回す。
「っ、先輩」
──フリからの、頭頂部へ拳をお見舞いだ。
「痛ぁ!グー!しかもさっき殴られたとこ」
「1点。お触り禁止『却下』」
「いっそ0点がいい。同情いらないから」
「で、どこ行くの」
「え?」
「自分の発言に責任持てよ。行く気もねえのに誘ったの?」
瓜生はパアッと全開の笑顔になる。
「──コンビニ。アイス買おアイス」
瓜生の告白はもはや習慣だ。おはようとか、いただきますと同じだ。通算で何回目かなんて覚えてられない。
けどもし「おはよう」と、挨拶が気軽に出来なくなったら、日常生活は物凄く不便になるんじゃないか。時たまそんな風に考える。余りに瓜生がめげないもんだから。
初めて告白してきた時は泣いて震えてたんだっけ、こいつ──。
『俺っ、先輩が──ずぎでず!ごっごめんなさいっ!』
去年の夏休み、部活帰りのことだった。
文芸部なんて夏休みに活動しないと思ってた時期が俺にもありました。意外に行かなきゃいけないの。文化祭の準備とかやること多くて、それはそれで俺もびっくりしたよ。
それとは全然関係ない会話で盛り上がっていたら瓜生が唐突に立ち止まった。しばらくうつむいてプルプルした後、勢いよく顔を上げて、そう言った。
『ちょ、え?告白してんの謝ってんの。どっちよ』
『どっちもです!男の俺に告られて、絶対、先輩気持ち悪いって思って──でも俺、脳みそに煮え湯を飲まされるくらい考えたけど、どうしても先輩のこと好きで。言わないと、おれ意識し過ぎて、ただの先輩後輩としても普通に喋れなくなりそうで、でも俺、そんなの堪えらんないから、もう、どうしたらいいか分かんなくて。先輩好き、大好きなんですごめんさいー』
うわあーん。と子供のように号泣しながら一気にまくしたてられた。
俺は煮え湯を飲まされた脳みそのくだりを想像して、ちびりそうに怖くて後の話はほとんど右から左だった。いや冗談だけど。
まあ俺は、申し訳ない気持ちで一杯になった。後輩としてなら瓜生は好きだった。そんな風に思わせた俺に責任あんのかな、悩んだんだろうなぁ、そう考えて。
『ごめんな』
自分で言った言葉を、すぐに(そうじゃないだろ)って思った。好きだって言われてるのにごめんって、好きでいる事すら止めてくれって意味じゃないのか。俺はそこまでこいつを否定したくない──。
『お前さえ良いなら今まで通り、バカ言い合える先輩後輩で居たいんだけど』
それを聞いた途端、瓜生はピタッと泣き止んだ。
『先輩。俺──もう二度と口きくなって言われても仕方がないって思ってた。ありがとう先輩……やっぱり大好き付き合って!!』
『鼻息荒ぇよ!却下だ却下!』
あんとき俺、なんて答えるのが正解だったのかな。あの言葉のせいで、お前を縛り付けてる気がすんよ。
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