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第3幕
「ねー先輩。キメ顔のトコ悪いけど、アイス溶けてるよ」
「うわホントだ」
ボタボタ垂れる俺のソーダ味。右腕を身体から離して左手でポケットを探る。
ティッシュなんてあったかな。
モタモタしてる間に手首の方まで垂れてきた。アイスを食べ終わった瓜生が俺の腕を取って袖をまくり上げる。
「お、サンキュー」
「はーもう……無防備すぎんだよ……」
瓜生は低い声で何か言ったかと思うと、掴んだ腕を持ち上げて俺の手首をベロンと舐めた。
流石にこれはツッコめない。というより──笑って茶化せるノリじゃなかった。
「ごちそーサマ」
固まる俺の腕を離して見下ろした瓜生は、知らない男のような表情で唇を舐めた。
笑っているのに冷たく見える瓜生の視線に背筋がゾクゾクする。
「やっぱ夏はソーダだね。なんでおれサーモン&抹茶にしちゃったんだろー」
あれ?
もう何事もなかったように瓜生が朗らかに笑っている。頭の中が???で埋まった。
妖怪?狸?解離性同一性障害?ドッペルゲンガー???
瓜生が学校に向かって歩き出す。遅れて俺も後を追う。
「先輩、俺とコンビ組もう。ビッグになろうよ」
「……なんの話だよ」
「だぁからお笑いやってこうって。俺達なら獲れるよ天下!」
「まあ獲れるだろうけど」
「否定しないんだ」
なんだ?俺の気のせいだったのか?
あまりに瓜生はいつも通りだ。
ならまあ、俺も普通でいいのかな?
「俺には夢があんだよ」
「先輩の夢、へー。大作家?」
「それもいいな、でも違う。俺は──Jリーグに入りたい!」
「……へぇ……作家じゃなくてサッカー……あ、運営とかそういうの?」
「なに言ってんだよ。選手以外の何に憧れんだよ」
「小学生!?しょうらいのゆめ?──イタイケな先輩の夢壊したくないけど、ソレなれないヤツだ。まず文化部入ってる時点でね。無理だよ先輩。うん。無理」
「どんな夢でも良いだろ夢なんだし」
「夢じゃなくて妄想だよね。目指す気ないよね。だって文化部入ってるもん。カテゴリーが違う、そもそも」
「さっきから偉っそうなんだよ!じゃあお前は夢があんのかよって話だよ」
「俺?俺は──先輩のお嫁さん」
──ぐっ。このタイミングで絡み辛いネタ寄越しやがって。やっぱ何も考えてねえな、こいつ。
「ふざけんなよ。要らねえよ、俺よりデカイ嫁なんて」
「え?ソコ?そこさえ何とかすれば、なってもいいの?」
「なんで何とかなると思ってんだよ。一番クリア出来ないでしょ!?身長を縮めることは出来ません!」
部室の前まで辿り着いた。部室の扉を横に滑らせると、そこに閻魔大王が立っている。
「──ヒィッ」
「先輩?なんで閉めんの」
「おまえ見なかったのかよ、この向こうに──」
ガラッ──ゴン、ゴン。
開いた扉の向こうからゲンコツが降ってきた。
「痛ーっ。おれ今日3回目……」
瓜生が頭を抑えて呻いている。
「お前らは何で俺よりも遅いんだ、あぁ?」
そこで待ち構えていたのは図書委員長a.k.a.文芸部部長の遥川 先輩だった。
「えっと──」
「それからネタ合わせしながら部室来るなって、いつも言ってるだろ。執筆してる部員も居るんだよ!」
部長の背後から俺達の遣り取りを聞いて、笑い声が聞こえてくる。
「──喜んでるみたいですけど」
俺は部室を指さしてそう言った。
「面白ければそれで良いのか、お前らは」
「はい」
「はい」
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