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第2話 チンピラとオッサン
俺を睨みつけていた男が、俺の背後に怪訝そうな目を向ける。
そしてじっくりと一巡したように見回すと、馬鹿にするようなカタチに顔を歪め、
「はぁ?誰だよ、オッサン。関係ねぇやつはすっこんでろや」
と、吐き捨てた。
それと同時に、男は背後の影に矛先を変えたのか、俺の胸倉を離して影のほうに身体を向けた。
無事自由になった俺は横目でそれを確認し、首もとに残る違和感を手でなでつつ、好奇心から後ろの声の主を確認しようと目をやった。
するとそこには、一人の男が立っていた。
猫背気味の長身を、着古したスーツに包む、眼光鋭いオッサンだ。
そのオッサンの印象を言うならば、クタクタのスーツ同様、お世辞にも洗練されているとはいえない感じだ。
無造作に固められたでのあろう、太い髪。夜中を過ぎたからか、遠目にも確認できる無精ひげ。草臥れたような、気だるげな脚運び。そして、香ってくる独特な煙草の匂い。…これは、ジタンだろうか?ル○ン三世か、それとも紅色の豚なのか。
まあ、とにかくそのすべてが、オッサンを軽薄で、胡散臭く思わせていた。
しかし、そんなオッサンではあるんだが、なんと表現すればいいのだろう。なんというか、異様な雰囲気を漂わせていた。
例えば、猫背をさらに丸めてだるそうに煙草を呑むその姿。とても様になっていて、さながら、古い白黒映画に出てくる”危ない男”だ。
年のころは40くらいだろうか。鋭い瞳の近く、目頭のほうにくぼんだような皺が入っていた。
オッサンが口を開く。
「ま、関係ねぇっちゃねぇな。・・・ただよぉ、兄ちゃん」
思わせぶりに言葉が途切れる。
そして
「正しい大人としては、見過ごせねえだろ?」
そう言って、ニヒルに嗤った。
「っふざけんじゃねえ!オッサン、ケガしたくなかったらすっこんでろ!!」
「ん~、どっちかっつーと、お前が尻尾巻いて逃げることになると思うけどなぁ~、オジサンは」
男はカッとなった様子でわめき散らす。が、オッサンは気にした風もなく、マイペースに短くなった煙草を携帯灰皿へ片付けている。それが余計にカンに触ったようで、男の顔は夜空の下でも、真っ赤だと分かるほど怒り狂っていた。
今にも殴りかかりそうな険悪な空気だ…。
まったく、気が短いのもどうかと思うが、オッサンもオッサンだ。俺ならまだしも、オッサンなんかが殴られたら、病院行きで面倒なことになるだろうが。さっさと行ってくれよ…。
しかし、そんな俺の心とは裏腹に、オッサンはまだ居座る気のようだった。てか、むしろ関わる気満々らしく、こちらに向かってきた。
それを見た男はさらに逆上する。
「はぁ?ふざけてんじゃねぇ!誰がお前みたいなジジイに尻尾巻いて逃げるかよ!」
確かに、さっき一瞬『オッサンが片つけてくれたらラッキーだな』とか思ったけど、今はそれより、最悪の事態になる前に即退場して欲しい気持ちでいっぱいだ。
男一人くらいなら自分でいなしてもいいか、と思い始めた俺は、オッサンに声をかける。
「おいオッサン、やめとけよ。アンタが関わんなきゃなんねぇ義理もねえだろ。面倒になる前に、帰ったほうがいいぜ」
だから脚を止めろ、と俺は目でも訴える。
しかし、そんな俺の言葉も気にした様子はなく、オッサンは歩みを止めない。
「義理、ねぇ…。ま、ここまできたら引けねぇだろ、どちみち。ニィちゃんはやる気満々みたいだしなあ。一つ、ここはオジサンに任せなさいヨ」
と言いやがった。
もう好きにしてくれ…。
俺は無言で肩を竦めた。
それを横目で見止めたオッサンは心底愉しそうに笑い、男の目の前まで進んでいった。
とうとう俺からは男の表情と、オッサンの背中しか見えなくなる。しかし、俺とオッサンは遠のいたはずなのに、オッサンから、異様な威圧感を俺は感じた。
これ、絶対ただもんじゃねぇだろうな、オッサン。ったく、心配し損か…。
その妙な余裕と異様な雰囲気を男も感じたのか、はたまた当てられたのか。男は途端に「な、なんだよ、俺を殴る気か?!」と錯乱し始めた。
さっきまでの威勢は何処に行ったんだ、とでも言いた気に肩を竦めるオッサン。
「なぐらねぇよ、そんな面倒な。まぁでも、兄ちゃんには尻尾巻いて逃げてもらわなきゃなんねぇし、変わりにイイモン見せてやるよ」
そういって、オッサンはおもむろにスーツのポケットをあさり始めた。
男はもちろん、俺も、へんなもん出してくるんじゃないかと戦々恐々と眺めていた。
「ほら、こ・れ♪」
お目当てのものはすぐに見つかったのか、そういってオッサンはポケットから手を出したようだった。あいにく、俺の立っている場所からだとオッサンの手元は見えないが。
しかし、俺はその場から見えた光景に今すぐ逃げたほうが良いんじゃないかと思った。
なぜかといえば、俺の位置から見える男の顔が、見る見るうちに青くなっていったからだ。
いや、むしろ青を通り越して白に近かったかもしれない。
そんな異様な怯え方をするということは、そうとうヤバイものを持っていたのかもしれない。俺も今のうちに逃げようか。
そう、一瞬は思った。が、危ないもんを持っているかもしれない奴に、背を向けることはどちみち危ない気がして、踏みとどまった。
まぁ、そんな俺を他所に男は叫びながら逃げてったがな。
「あんた、一体なにしたんだ?」
「さてね」
そう言って振り返るオッサンが、ニヤッと笑った。そうしてちらっと手元を見てみれば、もう既にオッサンの手には煙草だけが握られていた。
…いつの間に煙草吸い直してんだ、このオッサン。
なにか底の知れないものを嗅ぎとっていた俺は、追及するのはやめた。
関わるとロクなことなさそうだ…。
「はぁ…まあいい。一応言っておく。助かった」
「おうよ。青年も、さっさと帰りなさいよ。こんなとこ、長く居るもんじゃねぇしな」
「それをアンタが言うか…」
違いねえな、そういって煙草を吸う唇が軽薄に吊り上る。
その様相は、紛うことなき”悪い大人”といったところで、まったく、人喰ったみたいなヤロウだ。
ただ、そのせいか?
「で。本意じゃなかったが、助けられたしな。…礼は、する」
こいつに借りをつくるのは、なんだか危ない気がした。
「ほお、いい心がけだな、青年。」
去っていこうとしていたオッサンの背中が、止まる。
「だがよぉ…悪い大人に、そんなこと言って、いいのか?」
ゾクッとした。
こいつ、本当に”悪い大人”だ。
俺が底知れないと思った部分を、わざと覗かせてきやがった。
だが、今更撤回するのも性に合わねぇし。やっかいな奴に助けられたもんだ…。
「正しい大人、なんじゃなかったのか」
「ま、正しいことが良いもんとは限らねえ、ってこった」
「ったく、好きに言えよ。出来ることはやってやる」
「よく言った」
オッサンはゆっくり振り返り、ニヒルに笑うまま、これ見よがしに舌なめずりをした。
そして
「オジサンと一夜、過ごさねぇ?」
フィルターを噛んだ。
あぁ、つかまった。
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